第12話 そして姿を現したものは……

 目に飛び込んできたアルファベットの羅列に目を疑う。他に文章はなく、ただ一行、そう書かれている。二五ページまでは一般的な本同様文章がつらつらと縦に並んでいた。ざっと目を通してみると、どうやら探偵小説らしい。二五ページは主人公の探偵と相棒がバスに乗って移動する描写が主な内容だった。そして件(くだん)の二六ページを挟み、二七ページからまた再開している。


 僕は改めて二六ページのアルファベットを見る。


 ZPCbIbPRCZbLPE。


 この本のページ数は四二三ページ。全ページ捲ってみたが、アルファベットが書かれたページは二六ページのみ。


 とりあえず、この本がどこにあったのか訊いてみる。


 彼女は「あそこです」と言って、一つの本棚を指さした。それはCの扉右横に置かれた本棚だった。「そこの、上から三段目の右から……えっと、確か」


 返答に困っている様子。それもその筈か、大半の本は床に積まれているので、彼女自身どう並んでいたか覚えていないのだろう。


 件の本棚に変わった点はない。仕掛けの類もなし。うーんと唸って、僕は手に持った『戯言の宴』を見つめる。このアルファベットは絶対にここを脱出するためのヒントだ。しかし、何に使うのかがわからない。


「土門……」僕はなんだか久しぶりに彼の名を口にした(悪いけど、半分忘れていた)。


「……咲岡さん、土門さんがどうかしたんですか?」


 あらかた片付け終わった美輪ちゃんが言う。


「いや、土門が言ってたからさ、この本のこと」


「そうでしたね」


 土門の言葉を思い出す。


 僕と美輪ちゃんが軽い口論をした後、ここで彼の探索が終わるのを待っていた時だった。


「確か、扉が徐々に閉まっていきました。はじめは目の錯覚だと思ったけど」


「それは目の錯覚ではなかった……」


 閉まっていくBの扉。その時、土門の声が聞こえたんだ。


「この本のこと、大声で言って」


「はい。『戯言の宴』二六ページって。見つけた本で合ってますよね?」


「合ってると思う。いや……うーん」


 同じタイトルで違う作者の本である可能性も……。


「そういえばさ、?」


「作者? いえ、知りません。どこかに書いてありませんか?」


 そう言われて僕は件の本を調べる。しかし……表紙、背表紙、見返し、扉、最終ページ、どこを見ても書いていなかった。


「おかしいな」


「普通、書いてありますよね」


 そこで何か引っかかるものを感じた。普段から小説を読むけど、何かいつもと違うような……。


「ねえ、この本って『戯言の宴』だよね?」


「そうですよ。書いてあるじゃないですか、一ページ目に」


「…………」


 一ページ目。本を開く。確かに一行、こうある。『戯言の宴』と。


「あのー、咲岡さん。気になっていることがあるのですが、聞いてくれます?」


「なに?」


「咲岡さんが食堂を探索している時、この本を見つけてななめ読みしたんですけど、どこにも出てきませんでした」


「え、何が……?」


「表紙のシーンです」


「え……? そうなの?」


 僕は本を開いてみる。


「てっきり主人公と相棒のシーンかと思ったけど」


「それはないです。だって、主人公の探偵は男性ですけど、相棒は女性ですから。まあ、これは最後の最後でわかりました。一見すると男性っぽいんですけどね。この文章、凄いですよ」


 それはまさに叙述トリック。描写を男性女性どちらにも取れるようにして、読者を騙す手法だ。僕がそれについて話そうとするが、彼女がそれを許さなかった。


「そして、このお城。こんな西洋風なお城、作中のどこにも出てきません。ちなみに舞台は日本で探偵と相棒も日本人です」


「…………」


 言葉が出ない。彼女の速読術にただ脱帽する。


「だから、おかしいですよね。その表紙の絵。何かの比喩かなって思ったんですけど、どうにもピンとこなくて。登場しない場面の絵なんて描く必要ありませんよね。それでも、直接描いてあるくらいだから、何か意味があるんだろうなあ」


「……………?」


「はい。見てください、絵が直接描いてありますから」


 再度、本を調べる。確かに、直接イラストが描いてある。読書家の僕からしてみればこんな小説は初めてだ。だって普通は、から。カバーにイラストが描いてあるのが一般的だから。


「………………なるほど」


 不審に思って再々度調べ、ようやく謎が解けた。


 この絵は直接描いてあるのではない。普通の小説同様、カバーイラストだ。それは周到に接着されていて、もはや一体化していると言っても過言ではない。カバーがないと思っていたのにイラストが直接表紙に描いてあった点に、はじめ違和感を覚えたのだ。絵本や漫画ならともかく、小説でこれは見たことがない。そしてこのシーンが作中に存在しないことは美輪ちゃんが調べてくれた。


 つまり……このカバーは『戯言の宴』のものではない!


 僕は本にしっかりと接着されていたカバーを取った。何か特殊な接着剤が使われていたみたいで、結構苦労した。幼稚園児が誕生日プレゼントを開けたときみたいな驚きに満ちた表情で、彼女は僕の作業を凝視している。


 それに構わず手を動かす。『戯言の宴』に張り付いた偽りの仮面を強引に剥がす。


 その下から……。液晶画面が姿を現した。

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