第11話 『戯言の宴』二六ページ
Aの扉の先には仏像の間ではなく食堂があったことを伝えると、彼女は目を丸くしたまま固まってしまった。恐らく頭の回線がいくつかショートしたに違いない。人は己の理解の範疇を超える出来事が続くと、このような驚きの表情を通り越した、無のそれになることを思い知った。それは僕にも当てはまる。やけに冷静に話す自らの言葉を半ば他人事のように耳でうけ、そして僕はただ当たり前の事実を話しただけだと自らを肯定した。
「どうなってるんですか、ここは」と彼女。「咲岡さん……えっ、マジですよね?」
「マジだって。嘘なんかつかないよ。本当に食堂だったの」
そして話を続ける。
ガラスケースのこと。
丸い窪み。その横に描かれた『不動明王』。
鍵のかかった宝石箱。
「…………咲岡さんはもう一度仏像の間に行けると思いますか?」
僕の話をしばらく「うーん」と唸りながら咀嚼した後、彼女は切り出す。
「うーん……どうだろうね」
それについては少し考えた事があるので意見を言うことにする。
ガラスケースに『不動明王』……ここから考えられるのは、仏像の間で丸い何かを手に入れてそれをあの窪みに嵌める必要があるということだ。それは仏像の間に行かないと手に入らないから……つまり。
「……もう一度行かないとその丸い何かが手に入らないから、行ける筈ってことですか?」
「うん。でも、僕たちは一度仏像の間に行っている。その時に入手の機会はあったのに入手できなかったのは、僕たちのミスだよね」
「はい。そうすると……チェックメイトってことですか?」
「それもあり得ると思う。まあ、丸い何かが仏像の間にあると仮定した話だから、その仮定が違っているかもしれないけどね」
「でもですよ?」美輪ちゃんはむっとして続ける。「Aの扉は二回開きました。なら三回目も開く可能性はありますよね?」
「確かに。でも、それが仏像の間かどうかはわからないよ。第三の部屋が来るかも」
「あのー、ほんとにどういうことですか?」
きょとんとした美輪ちゃんの一言に尽きる。一体、この施設はどうなっているのか。
しかしこの質問に答えることは出来ない。何故、Aの扉一回目の時は仏像の間で二回目は食堂だったのか。答えはわからない。
僕の話が解決こそしないものの一段落したところで、美輪ちゃんの手柄の話に移る。
「ほら! やっと見つけたんですから!」
書斎のテーブルに山積みにされた本を見て、彼女の奮闘ぶりが見て取れる。部屋の空気はより埃っぽくなっていると感じたが、成果を考えると文句なんてとても言えない。
問題の本を見ると普通の本だ。背表紙には何も書かれていない。表紙には、外国風の城をバックに二人の男が握手をしているシーンのイラスト。一ページ捲ると掠れそうな字で『戯言の宴』と書かれている。
「問題の二六ページは……」彼女はパラパラとページを捲っていく。「……ここです」
そうして目に飛び込んできたのは……これまた不可解な暗号のようで。
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