第10話 いざ仏像の間へ……?
「……………………………………………………え?」
驚愕。唖然。憤怒。
今、僕は夢を見ているのではないだろうか。
そこはいつもの家で。
閉鎖空間などではなくて。
いつだって世界と繋がっていて。
今日は確か、尊敬する先生の講義があるから早く起きなくちゃ……。まどろみの中、徐々に見慣れた天井が見えてきて……。
「…………っ!」
思い切り腕をつねった。ピリッとした痛みが全身を駆け巡る。『不動三尊』を完成させることで頭が一杯だった。仏像の古めかしい懐かしいにおいを思い出しつつ、「よしっ!」と言って軽快に開けた扉の先は、しかし仏像の間ではなくて。
食堂だった。
壁はクリーム色で落ち着いた雰囲気が漂う。この部屋にも窓がない。部屋の中央に縦向きで長テーブルが置かれていて、それを囲むように椅子が並んでいる。それをワンセットとすると、入って右の壁際に同じ向きでもうワンセットある。入って左側はカウンター席になっていてその中に厨房がある。「とりあえず、調べるしかないか」
あれこれ考えても仕方がない。僕は今、仏像の間にいないのだから。何故仏像の間が消えたのか。それについては後々考えることにしよう。
「…………」
消えた……果たして本当に消えたのか? 鳴りを潜めていた恐怖心や不安感が再び不気味に這い上がってくるのを感じる。だれかに見られている感覚がするような……。
先程の教訓を生かし、部屋の扉が開けっ放しになっていることを確認して、僕は手始めにカウンター席に近づく。
カウンター席は左の壁と向かい合うように造られている。まるでバーのようだった。椅子は五つあって、カウンターの上には何もない。それは途中で蛇行して壁まで伸びている。その間に小さなスイングドアがあって厨房に入れるようになっている。
「何だこれ?」
僕の視線はあるものに吸い寄せられる。カウンター席の横、左の壁にぴったりとくっつく形で大きなガラスケースが置かれていた。試しにコンコンと手の甲で叩いてみる……くぐもった音がした。どうやら強化ガラスの類らしく割ることはできそうにない。何故、割ることを考えたのかというと、ケースの中央にキーアイテムらしきものが置かれていたからだ。
それは鍵。至ってシンプルな鍵。特別な紋章の類もキーホルダーもついていない武骨な鍵。
「鍵……」
僕は今までの出来事を思い出す。鍵があるということは鍵穴があるということ……。
「あっ!」
あった! あそこだ! Cの扉の先の部屋! あそこには鍵がかかっていた。もしかしたら違う鍵かもしれないが、鍵自体は絶対に必要なキーアイテムだ。なんとしてでも入手しなくては。すぐ目の前にあるのに手が届かないもどかしさと、いつ鳴り響くかわからないブザーにびくびくしながら、同時に無音で閉まり出すかもしれないAの扉に恐怖しながら、ケースを探る。額にかいた汗を拭う。背中にじっとりとした感覚……服が汗で張り付いて気持ち悪い。割って取れないのだから何か仕掛けがある筈……いや、破壊するための道具が必要なのか……。
「あっ、これだ……」その時、ケース左側面に見慣れぬものを見つけた。
それは窪みだった。直径にして一○センチくらい。何かを嵌めるための窪みがある。その横に……。
「…………」僕は言葉を失う。鼓動の音が大きく聞こえる。皮膚を突き破ってきそうなほど、激しく脈打っている。まるで何かを訴えようとしているかのように。
窪みの横に、大きなヒトのようなシルエットが描かれている。そのシルエットは胡坐をかいている。右手には大きな剣のようなものを持ち、左手は天に向けられている。
以前の僕ならこのシルエットを見ても何かわからなかっただろう。しかし、今の僕は違う。昔より少し仏女ならぬ
「不動明王……」
仏像の間で見た不動明王のシルエットがそこに描かれていた。あの部屋でこのケースを開けるアイテムを入手する必要がありそうだ。それにはやはりもう一度仏像の間に行かなくてはならない。ひとまず行けることを願い、ケースから離れることにした。
スイングドアから厨房に入りコンロなどを観察する。ガスの元栓はしっかり締まっている。壁にはいくつもフックがついていて、そこにフライ返しやステンレス製の泡だて器などがかけられている。どれも一般家庭にあるものばかりだ。使用感はやはりゼロ。
厨房から食堂を見渡してみた。気分はバーテンダーだ。そうして何気なく視線を下げた時だった。
厨房側のカウンターの下。コップや皿に混じり、横長の箱が置かれているのに気付く。それを取り出してカウンター席に置く。白を基調として無数の花が描かれた華やかなデザインの箱。一見すると宝石箱みたいだ。
開けようとしたが無駄だった。鍵がかかっている。ガラスケースの鍵はここで使うものかもしれない。いずれにせよ、仏像の間に行かないと話が進まないみたいだ。その後、部屋の中央と右にある縦長のテーブルを調べてみたけど特に変わったものは発見できなかった。やがて……。
ブーーーーーーーーブーーーーーーーーブーーーーーーーー。
ブザーが鳴り響いた。
一瞬びくっとなるが、心を落ち着かせ部屋を飛び出した。
「咲岡さあああん!」
部屋を出ると美輪ちゃんが正面に見えた。すぐに走り出し、余裕をもってAの扉をくぐった。やがて背後で扉が閉まる。
「どうでした?」
「色々見つけたよ。美輪ちゃんは?」
「私も見つけました! じゃじゃーん!」
彼女は一冊の本を僕に見せる。タイトルは……『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます