第9話 ヒントは本の海の中

 耳をつんざくあの不吉なブザーは鳴っていない。ただ静かに、まるで人目を気にするかのような慎重さをもって、Bの扉は閉まっていく。その先にはまだ、土門がいる。僕はBの扉前に立って廊下を見る。先程調べた部屋の扉が開いていて、未探索の部屋のそれは閉じていた。


「文也君! 聞こえるか!?」


 その時、彼の声が聞こえた。やや右方向から聞こえる……彼は先程調べた寝室にいるようだ。部屋からは明かりが漏れている。


「土門!? 扉が閉まっていく! 早く戻ってきて!」


「…………」


 返事がない。


「ども」


「いいか文也君! よく聞いてくれ!」かすれ声を振り絞り、彼は言った。「赤いカードキーを見つけた。しかし、罠があって身動きがとれない!」


 扉は静かに半分を通過。僕と美輪ちゃんは自然と四つん這いになる。


「ヒントは! たわごとのうたげ! 二六ページ!」


 たわごと……? うたげ?


「恐らく書斎――」扉が閉まる……その刹那。「いや違う! これは――」


 そうして、僕の目の前でBの扉は完全に閉まった。もう彼の声は聞こえない。防音機能は完璧らしい。


「…………」


 僕と美輪ちゃんは呆然としていた。彼は大丈夫だろうか。扉が閉まる前、身動きが取れないと言っていた。もし、何かがあったら――。


 そこまで考えて頭を振った。そうして自分に喝を入れる。土門は今、いない。ならば、自分がしっかりしないといけない。美輪ちゃんのためにも……そしてなにより土門のためにも。


 思い出せ。彼は何と言っていた? 身動きが取れない、赤いカードキー、そして、『たわごと』、『うたげ』、『二六ページ』。


「咲岡さん!」


 美輪ちゃんがそう言ったのと、頭の中で何かが閃いたのは同時だった。


「きっと、土門さんは本のタイトルを言ったんですよ! 『たわごとのうたげ』……それの二六ページにきっと何かヒントが隠されているはず!」


「よしっ、すぐに探そう!」


 僕はそう答えるやいなや、書斎をぐるりと見回す。ありとあらゆるジャンルの本が犇めく書斎……この中から特定の一冊を見つけるのは至難の業だ。しかし、やるしかない。


「じゃあ、美輪ちゃんはCの扉側の本棚をお願い! 僕はAの扉側の本棚から探すから」


 美輪ちゃんが大きく返事をする。彼女が作業に取り掛かるのを見てから、Aの扉側の本棚を見つめる。


 一切の隙間なくびっしりと並べられた本を見て、軽いめまいを覚える。一番下は分厚い本のため数冊しかないが、中段は薄い本故に六○冊くらい並んでいる。しかも背表紙が破れたり掠れて見えなくなっているのもあり、そういうのは一冊一冊手に取ってページを捲っていくしかない。


 最初は軽快に飛ばしていたが、何冊も手に取ったりしている内に目が痛くなり、集中力が途切れてきた。部屋には大量の埃が舞い、喉を地味に攻撃する。それは美輪ちゃんも同じみたいで、時折咳き込んでいた。


 そうすること、どのくらいだろうか。


 例の音がした。


 ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。


 見ると、Aの扉が開いていた。確かこの先は……


「仏像の間か!」


 ここには『不動三尊』の仕掛けがある。ここはどちらか一人、行くべきだろう。


「美輪ちゃん! 僕、行ってくる。一人で平気?」


 ここで駄々をこねられると厄介だが……。


「はい! お願いします。私は本を探してますね!」


 美輪ちゃんはきりっと表情を引き締め、決意溢れる返事をした。これなら安心して任せられる。僕はよろしくと言って、Aの扉の先に進む。


「咲岡さん!」背後から彼女の声がして振り向く。「必ず戻ってきて下さいね。待ってますから」

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