第8話 イレギュラー

 書斎に戻った僕は読みもしない古本を取ってパラパラと捲る。ページを進める時の微風で軽く咳き込む。やがて閉じる。タイトルは掠れて見えなくなっていた。何年前のだよと心の中で毒づく。


「…………」


 美輪ちゃんと目を合わせるのが気まずい。部屋には静寂がどっしりと腰を据え、空気を張り詰めたものにしている。開いたBの扉の奥から、時折がたんという物音が聞こえてくる。土門が色々調べているのだろう。


「あの……さっき言ったこと本当なんですよね?」


 静寂を破ったのは美輪ちゃんだった。僕は首を縦に振る。彼女は何やら考え込む素振りをみせる。


「もし本当だとすると、確実なことが一つあるんですよ」


「それは何?」


「この施設に私たち以外の人間がいる」彼女は続ける。「部屋の電気のスイッチは単純なオンオフをつまみで操作するタイプです。もし、自動で点灯と消灯をする機能がついていたら、私が部屋に入ったときに点いたはず……それがなかったから自動機能は恐らくありません」


 次に彼女は閉まっていた扉について考察した。


 僕の言い分を真とすると、あの扉は自動ドアではないから、これを閉めるには外部からの力が必要不可欠でそれが作用したことにより扉は閉まったのだ。


「単純に言うと、何者かが閉めたのです。なので、第三者が存在するのはほぼ確実です。どこかに隠れているのか、秘密の抜け道があるのか……うーん」


「その第三者って、僕たちを閉じ込めた人間かな?」


「それはわかりませんが、無関係ではないと思います」


「土門を一人にして大丈夫かな?」


「大丈夫ですよ」彼女は自信たっぷりにこう付け加えた。「危害を加える気なら、もっと前にしてますよ。私たちが意識を失っていたその時に」


 消えていた部屋の電気。

 閉まっていた部屋の扉。

 見え隠れする第三者の影。


 一体、何が起こっているのだろう?


「……咲岡さん」


「何?」


?」


「え……?」


 一瞬意味が分からず固まる。それは僕にはわから――。


「あれ……いや、やっぱりそうです!」


「なに、どうしたの?」


 ついに気が振れたか……無理もない高校生の女の子には酷な状況――。


「Bの扉が……」


 Bの扉……? 彼女の視線を追ってBの扉を見る。


 え…………? あれ。ははは……僕の気もどうやら振れてしまったようだ。扉が閉まっていくように見える……。


「ごめん美輪ちゃん、僕の目も節穴っぽい。扉が段々閉まっているように見えるよ……」


「咲岡さん! マジですよ! 扉が閉まっていきます!」

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