第7話 肥大化する違和感

「えっ! ホントですか!?」駆けつけた美輪ちゃんは僕を押しのけドアノブを掴む。「あ、あれ……ほんとだ。閉まってる」


「美輪ちゃん? 俺がそんなことで嘘をつくとでも?」


「土門なら言いそうだしね」


「うおい! 文也君! 君は味方だと思ってたぞ! 裏切ったな貴様!」


 その言葉で、『笑いせき止めダム』は勢いよく決壊した。


 あははと大笑いする美輪ちゃん。その笑顔を見て、僕と土門も自然に爆笑した。今の状況を考えたら笑っている場合ではない……それはわかっている。わかってはいるが、しばらくの間、笑いが止まらなかった。


 それが終わったのは、例のブザーが鳴ってCの扉が閉まり始めた時だった。僕らは駆け足で書斎に戻った。


「さてと」書斎に戻って間もなく、土門が言う。「これで三つの扉全てが開いたことになる。一応それぞれの扉の先に何があったか、まとめておこうか」


 彼は書斎のテーブルの上に置いてあったメモ用紙とペンを取った。


 ※便宜的にBの扉がある方角を北とする。


(西)Aの扉。仏像の間。仏像の仕掛け有り? 『不動三尊』を再現すると……?


(北)Bの扉。寝室と未探索の部屋。寝室は使用感ゼロ。特に変わった点なし。


(東)Cの扉。施錠された部屋。鍵穴有り。鍵は未発見。


(南)初めの部屋へ。


「うん、ざっとそんな感じだね」


 やはり気になるのはCの扉の先の施錠された部屋だ。ここに何か脱出のためのヒントが隠されているに違いない。『不動三尊』については試したいことがある。


 Bの扉の未探索の部屋も気になる。ブザーのせいで全く調べられなかったからだ。


「あの、訊いてもいいですか?」美輪ちゃんが割り込んできたので思考が中断された。


「例えば、Aの扉が開いたとするじゃないですか……」


 彼女の話を黙って聞く僕と土門。


 例えばAの扉が開く。その先にあるのは仏像の間。やがてブザーが鳴る。Aの扉が閉まる。その後、仏像の間側で何か変化はないのだろうか? とのこと。


「例えば……部屋の仕掛けが変わったり、あるいは……」


「なるほど」頷いたのは土門。「ブザーが鳴ったら普通、戻ろうとする。そこを逆手に取ったトリックか。あり得るな……さすが美輪ちゃん君は本当に頭――」


「でもさ」すかさず僕が口を挟む。「やっぱり危険なんじゃない? 何があるかわからないし。そのまま扉が開かなかったらどうするの?」


 僕の言葉に二人は小さく頷く。


 部屋にある一冊一冊の古本から威圧感が滲み出てきて、僕にプレッシャーをかけているような錯覚を覚える。唾を飲み込むと喉が少し痛む。古本の埃を吸いすぎたんだろう。


 そこでふと、思った。


 果たしてここから出られるのだろうか?


 目覚めてから目の前の出来事を理解するのに頭を使い過ぎていた。しかし今、扉についてのルーティンが朧げに見えてきたこともあり、目覚めた直後から抱いていた感情がより邪悪さを身にまとって姿を現す。必死で抑え込んだものが、すぅと、まるで鎌首をもたげる蛇のように静かに、そして確実に……今にも僕の首筋に飛びかかって。


 ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。


 その時、扉が開く音がして。ランプが緑色に点灯。頭がヒートアップする。


 その扉は……Bの扉だった。


 再度開かれたBの扉。この先には寝室とまだ調べていない部屋がある。何かあるとしたら、後者の部屋だろう。まずはそちらを……。


「さあ二人とも! 早く行きましょう。閉まっちゃう前に何か見つけないと!」


 そう言って我先に走り出したのは美輪ちゃんだ。ひらりと舞うスカートを気にする様子も見せず走り去っていき、僕と土門は面食らう。


「きっと、一度入った場所だから慣れたんだろうね」


「ああ、なるほど」


 ふと廊下の先を見ると美輪ちゃんが先程調べた寝室の扉を開けて中に入るのが見えた。


「わっ、真っ暗!」


 直後、部屋の中から彼女の声が響く。急いで部屋の前まで行くと入り口で彼女は立っていた。部屋の中は真っ暗で…………たった今彼女がスイッチを押して電気を点けた。


「美輪ちゃん……今、電気を点けたよね?」


「はい。真っ暗だったので」


「僕さ」と続ける。何だろう、嫌な汗が背中を伝っていく。「電気、さっき消してないよ」


「えっ……でも現に今、消えてましたよ」


「……いや、消してない。第一、そんな余裕なかったよ。いきなりBの扉が閉まりだしたから、部屋の電気を消す暇なんて無かった…………」


 あれ……何かがおかしい。


 得体のしれない違和感に戦慄する。息遣いは荒くなり、心臓は猛スピードで拍動する。そう、あの時……。


 部屋の扉、閉めたっけ?


「美輪ちゃん……」


「な、何ですか?」


「扉、閉めてない」


「はい? 寝室の扉ですか? 閉まってましたよ」


「だから! 僕じゃない! 電気も消してない!」


「ちょっと……何言ってるんですか咲岡さん? じゃあ誰がこの部屋の電気を消して扉を閉めたんですか?」


「知らないよ! 僕じゃない!」


「だって咲岡さんしかいないじゃないですか!」


「まあまあまあ、ひとまず落ち着け、な?」


 そこで我に返る。顔全体が熱を帯びていてくらくらする。脇にはびっしょりと汗をかいていた。本当だ……本当に僕は閉めてもないし消してもない。


「よし、とりあえず二人は書斎に戻って」


「ええ!? 私も調べますよ!」


「駄目だ。そんな心境では、見つけられるものも見つけられないだろう? 少し休んで、落ち着いてくれ。な?」


 その言葉を受けて俯く美輪ちゃん。僕の言い分が腑に落ちないらしい。それはこちらも同じ。この部屋の電気は初めから点いていたんだ。それを消した覚えはない。


 扉に関しては絶対の自信がある。確実に閉めていない。それどころではなかったからだ。


「ここの扉を開けておけばブザーが鳴ったら気づくだろうから、大声張り上げなくてもいいからな。もし、ブザーが鳴らずにBの扉が閉まりだしたら、その時はどっちか叫んでくれ。頼んだ」


 そう言って土門は先程の寝室を調べ始めた。僕は彼の言葉通り、書斎に戻ることにする。そのすぐ後ろから美輪ちゃんがついてくる気配を感じた。


「……」

「……」


 お互い無言だった。

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