第4話 次はどちらの扉?

 美輪ちゃんの言葉を聞くや否や、僕と土門は半ばもつれ合うようにして廊下に飛び出る。


「二人とも早くーっ!」


 声のした方を見る。美輪ちゃんは書斎から声を張り上げている。


「嘘だろ?」


 彼女の姿が段々見えなくなる。今まさに、ゆっくりとしたスピードで扉が閉まっていく! その間もけたたましいブザーの音は止まらない。美輪ちゃんが身を屈め出した。もう時間がない!


「文也君! 急ぐぞ」


 直後、土門は駆け出した。寝室を振り返ると扉は開けっ放し。いや、今はそんなことどうでもいい! 前を走る土門との距離がどんどん開いていく!


 すぐに駆け出すが、かなり出遅れた。扉近くで土門が野球選手のようにスライディングするのが見えた。みるみるうちに隙間が無くなっていく。時間がない、ここは前に倣えだ!


 必死のスライディング! しかし途中で減速して迫りくる扉の下で停止! このままでは腰の辺りで僕は一刀両断。笑えないよそんなの!


 ブーーーーーーーーブーーーーーーーーブーーーーーーーー。けたたましいブザーの音。蛇に睨まれた蛙の心境はきっとこんな感。


「文也君っ!」


 ふいに世界が揺れる。背中が擦れて痛む。一瞬目の前が真っ暗になった。


 やがて朧げに周囲が見えるようになって、自分が書斎にいることに気付いた。


 全身にぐっしょりと汗をかいていた。つんと鼻をつく古本のにおい。なんだか懐かしい、人心地つけるにおい。


「ふー、危なかったな文也君。なんだあの下手くそなスライディングは? 俺がいなかったら今頃大変なことになっていたぞ」


 そんな土門の軽口を聞いてようやく安堵する。生死の瀬戸際に立った濃密な時間が夢のように思えたが、閉ざされた扉を見た直後、冷えた汗で背中がぞくりとした。


「大丈夫? 咲岡さん?」


「なんとか大丈夫……。ありがとう……」


「美輪ちゃん、俺にはその言葉かけてくれなかったね?」


「土門さんは大丈夫でしょ? それより、もう少しスピード出てたら私にぶつかってたんですけど?」


「はは、こりゃ手厳しい……」


 二人のやり取りはしばらく続いた。ようやく汗が引いてきた時、美輪ちゃんが今後の予定について言った。


「それはそうと、この後どうします? 扉、また開くと思います?」


「うーん、多分な。少なくとも他の二つは開くだろう。仕掛け人さんが何を考えているのかは未だ不明だが」


 美輪ちゃんは『仕掛け人』という言葉にさほど驚いた様子を見せなかった。彼女の中で、土門と同じ考えがあるのだろう。この状況をつくり、僕たちを閉じ込めた存在を感じているのだ。


「なら、次に開くのは……」


 美輪ちゃんは左と右の扉を交互に見た。次に開くのはどちらの扉なのだろう。そしてその先に何があるのだろうか。


「よし、今から左の扉をAの扉、さっき開いた正面の扉をBの扉、右の扉をCの扉と呼ぶことにしよう。右とか左とかわかりづらいからな」


「良いアイデアですね。というか、初めてまともなこと言いましたね」


「そう、これからは真面目にいくという今期のスタンスをだな………………って」


 土門のノリ突っ込みをスルーする美輪ちゃん。案外この二人仲がいいのかもしれない。


 土門が言ったことを簡単にまとめてみる。


 この書斎に入って正面、左、右に開かずの扉がある。先程開いたのは正面の扉……即ちBの扉。仮に左の扉が開いたら、Aの扉が開いたことになる。


「うん、わかった。前よりわかりやすいと思うよ」


「だろ~。わかってくれるのは文也君だけだよ」


「次はどっちかな……」美輪ちゃんはテーブルの上に置いてあった古本を読みながら呟く。「あるいは、もう一度B?」


「もしBが開いたら、さっき調べていない方の扉から調べようと思うんだけどどうかな?」


 僕はそう提案した。土門から「お堅いぞ、もっとはっちゃけて」と一言。意味は不明。


 それからしばらく雑談が続いた。こんな状況じゃなかったら、新しい友人との会話にもっと花が咲いていただろう。そして各自の推理を話し合っていた時、部屋に動きがあった。


 ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。


「……!」

「……!」

「……!」


 あの音。Bの扉が開いた時の音が書斎に響いた。


 開いたのはAの扉。Bの扉の時と同じように小部屋があり、その先は廊下になっている。廊下はBの時と同じ、まっすぐ伸びている。その先に一つの扉があるのが見える。


「よし、では行こう」


 土門を先頭に、僕たちは開かれたAの扉の先に向かった。

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