第2話 一つ開いた先に二つ

 僕たち三人はしばらく口もきけなかった。


 土門は右手で顎を触る。そのまま揉むように指を動かす。


 美輪ちゃんは大きく目を見開いて右手で口を隠す。


 僕は、呆然と立ち尽くしていた。気を抜くと膝から崩れ落ちそうだ。先程まであれだけ調べても開かず、仕掛けの類も見つけられず、万策尽きたかにみえた矢先の出来事に僕はしばし呼吸すら忘れた。


 開いた扉のすぐ先には小部屋のような空間があり、その先に直線の通路が伸びているのが見える。


「他の扉は、開いてないな」


「そうですね。とりあえず、調べに行きますよね?」


 美輪ちゃんは僕と土門の返答を待たずに開いた扉にすたすたと向かっていく。


「文也君、どう思う?」


「うーん、開かずの三つの扉の内一つだけ開いた……何かタイミングがあったのかわからないけど、残りの二つの扉もいずれ開くんじゃないかな?」


「うん、まあ確かにね。俺が言いたいのはもっとこの状況を俯瞰した時、見えてくる疑問なのだが……」そう言って土門は腕を組む。


「何をやらせたいんだろうね、仕掛け人は」


「仕掛け人?」


「そう。仕掛け人」


 考えなかった訳ではない。僕たちはこの大きな密室に閉じ込められたのだ。従って、僕たちを閉じ込めた何者かが存在している筈である。


「目覚める前のこと覚えてるか?」


「うん、朧げに。土門は?」


「ああ。風俗店で頼んだ酒を飲んだら意識がなくなった」


「え?」


「冗談だ」


 この男、笑えない状況で笑えない冗談を言うからひやひやする。しかし、不思議と悪い気はしない。目覚めてから気がおかしくならないのは、この笑えない冗談が一役買っていると言っても過言ではない。でないと僕はとっくに気がおかしくなって発狂しているだろう。


「あのぉ! そこで何してるんですか! 早く調べましょうよ!」


 声のした方を見ると、美輪ちゃんが開いた扉の先、廊下の真ん中くらいから声を張り上げていた。


「……とのことだ。俺たちも行くとしようか。彼女には敵わないからな」


 その言葉には大きく納得しつつ、僕と土門は開いた扉に向かった。


 扉は天井に向かってスライドする形で開放されていた。


「ここ、一畳くらいの広さだな」と土門。


「俺の使っているベッドとほぼ同じサイズ」


 扉のすぐ先の細長い小部屋。そこに足を踏み入れた土門が言う。


「土門、身長いくつあるの?」


「一八二センチくらいだな」


 ふーんと相槌を打ったとき、美輪ちゃんから鋭い声が飛ぶ。すぐさま小部屋を通り抜け廊下を進み、彼女のもとに急行すると、廊下を挟んで左右にある扉の内、右側の扉前で彼女は仁王立ちしていた。


「もう、遅いですよ! 男二人で何の話ですか?」


「まあ、色々。な、文也君?」


「えー、なんかキモいです」


 間髪入れずのその言葉に、僕は物申した。


「先に入って調べてたら良かったじゃん」


 ……ぎろり。彼女の心底恨むような視線に僕はすぐさま謝罪するのだった。本当に一人で行動するのが嫌らしい。


「さてと、では二手に分かれて調べるとしようか。俺と文也君はこっちの部屋を――」


 …………ぎろり。直後、頭を垂れる土門。哀れ土門。


「わかったわかった。みんなで行こう。それでいいだろ?」


「ぜったいわざとですよね?」そう言ってそっぽを向く美輪ちゃん。先が進まないので僕はノブを掴んでひねる。鍵はかかっていない。


「うわ……」


 部屋の光景にしばし息を呑む。扉の先にはまるでホテルの一室のような寝室が広がっていたのだ。

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