第1話 開始

 こうなった経緯を思い出してみる。


 と言っても、さほど思い出すことはない。目が覚めたら僕はこの部屋に寝かされていて、そこに生意気な少女と大人びた青年がいた。以上。大変短い。


「とりあえず、もう一度向こうの部屋を調べてみないかい? 文也君?」


 文也。それは僕の名前。咲岡文也さきおかふみや


 ちなみに彼、顎に生やした無精髭をじょりじょりといじっている大人びた青年の名前は土門郡司どもんぐんじ。短い髪はオールバック。ややくたびれたシャツにチノパン姿。雰囲気からして社会人だろうか。それにしては髭が濃いような気もするけど。三人の中で一番背が高い。


 その横で若干引き気味の生意気な少女は多方美輪たかたみわ。制服を着ている。校章のバッジから高校生。ショートヘアで、前髪をピンで留めていた。彼女は小柄なので土門と話すときは若干見上げる形になる。彼の前では大抵の女子はそうなるだろう。


「うん。何か見落としたものがあればいいけど」


「いや、それはありません」間髪入れずに美輪ちゃんが言い放つ。「先ほど、あれだけ調べたのお忘れですか? もう何もありませんよ、あの部屋には」


「いや、君の言葉は間違っているね」


「どうしてですか?」


「正確に言えば、アレの先に何かある筈だろ?」


「でもアレは……」


「まあ、確かにアレの先に行けない以上、あの部屋にはもう何もないってことになるけどな」


「じゃあ……!」と美輪ちゃん。きりっと鋭い目を土門に向ける。


「まあまあ、その辺にしてさ」


 ヒートアップしつつある美輪ちゃんを落ち着かせる。土門が連呼したアレについては実際にもう一度見てから考察したいと思う。


「もう一度だけ見に行ってみようよ。ね?」


 とりあえず仲裁役を買って出る。この状況になってから、幾度となく繰り返されたやり取りなので、もう慣れた。


「何度見たって同じです。時間の無駄ですよ、もう」


 ホントに可愛くないなあ、と出かかった言葉を吞み込む。


「そんなに言うなら、美輪ちゃんはここにいてもい――」


「そんなのごめんです! さあ、行くならとっとと行きましょうよ!」


「…………」


 面食らう土門を尻目に、彼女はそそくさと出入り口の扉に向かっていく。扉もコンクリート製。彼女は体全体で押すようにして扉を開ける。ぎいいという不気味な音がした。


「ほら! 行くんでしょ? 早くしてください!」


 彼女に促され扉を出ると、廊下がまっすぐ伸びている。途中で左に折れているので、その先はここからでは見えない。僕たち三人は廊下を歩き、曲がり角で左に曲がる。そのすぐ先に扉がある。


 その扉を開けると、つんとする匂いが鼻をつく。その正体は古本の山。この部屋はたくさんの古本を保管する書斎だ。


 部屋の中央に円形のテーブル。先ほど調べた時に置いたままにした数冊の古本がそのままになっている。部屋の四隅の棚には所狭しと本が並んでいる。哲学の本からエンタメ小説まで、その種類は様々だ。そんな書斎に入って右手、左手、それと正面の三か所に先程連呼したアレがある。


「うーん」


 土門は再びアレを調べるが、変わった点はない様子。もしあったらとっくに気が付いている筈である。そのくらい僕たちは先程、念入りに調べたのだ。


「やっぱり開かないね。この扉」


「そうですよね、開きませんよね!」


 カリカリしている美輪ちゃんは放っておいて、僕は再度アレを観察する。


 アレの正体、それは扉だ。


 右手、左手、それに正面計三つの扉があるのだ。スチール製で、叩くとかなり厚いことから壊せるレベルではないことが容易に判断でき、さらにコンクリ製のそれとは違いノブがない。彼女がもう何もないと言ったのはこれが理由。開かない以上、これは壁だとさっきからしつこく主張している。


 しかし、土門の言う通りこれが扉である以上何らかの手段で開けることができる筈だ。土門が彼女に間違っていると言ったのは、これが理由。


「俺は多分、スイッチの類がどこかにあると思う」


「ですから、この部屋はもう調べたじゃないですか。そんなものどこにもありませんよ」


 土門と美輪ちゃんの口論を聞き流しながら、思考を巡らす。


 スイッチがある可能性は高いと思う。しかし、美輪ちゃんの言う通り、僕たちはこの部屋を調べ尽くした。結果は何もなし。ということは、つまり先程の広間あるいは廊下に何かスイッチの類があるのだろうか?


 うーんと唸ってふと天井を仰いだとき、扉の上にある赤いランプが目に留まった。あれが非常口の表示だったらいいのにな、そんなことを思った。


ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。


「…………」

「…………」

「…………」


「え……?」

「…………マジで?」

「うそ、開いてます」


 その時、突然正面の扉が開いた。ランプは緑色に光っている。本当に非常口かもしれないという期待が胸を満たしていった。

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