第4話 末広がりの数そろえ
おじさん。帽子をキャッチしてくれてありがと!
あれ、おじさん、ちょっと顔が変だよ? お腹痛いの?
あ、お母さん。このおじさんがね、帽子取ってくれたの。お礼ちゃんと言えたよ! えっ、おじさんは失礼だから、お兄さんと呼んだほうがいい?
えー、だってお兄ちゃんよりも、体は大きいし、落ち着いてるもん。逆におじさんって言わないと、失礼じゃないの?
お母さん、なんでペコペコするの? なんか悪いことしたみたいだよ?
そういえば、おじさん、ペンとメモ帳を持ってどうしたの?
ぶんぴつか? あ、分かった。お話、書いてるんでしょ! ねえねえ、あたし面白い話を知ってるよ! 教えてあげようか?
わわ、お母さん、なんであたしの頭を押さえるの? あたし、何も悪いことしてないのに、なんで、なんで?
え、おじさん、お話聞きたいの。ほーら、あたし何にも悪いことしてないじゃん! お母さんも謝ってないでさ。涼しいところに、いこ、いこ!
お母さんが飲み物を買ってきてくれるって! もうじき夏祭りを控えているから、この公園もにぎやかでしょ? ほら、あの真ん中のやぐら。あそこで今年はお兄ちゃんが太鼓を叩くんだよ。今日も練習に行ってるんだ。
あ、面白い話だっけ。えーとね、これ、あたし自身じゃなくて、お兄ちゃんの友達のタケくんっていう人の話なんだけど、いい?
いいの? じゃあ、話すね。
これはね、タケくんがお兄ちゃんたちと、この公園で遊んでいた時の話。
その日、タケくんはお兄ちゃんたちと野球をしていて、センターだったんだって。で、お兄ちゃんが特大のホームランをかっ飛ばしちゃってさ。タケくんがボール拾いに行ったんだよ。
ボールは砂場に飛び込んで、タケくんがボールに手を出そうとして、固まっちゃったの。
ボールのすぐそばにいたもの。それは真っ白な蛇だったの。ホースのように細い身体をしていて、舌をチロチロ出しながら、タケくんにこうつぶやいたんだって。
――約束の時は近い。今日より続けよ、八、八、八の供え物。かなわぬのなら、そなたのアソコをいただくぞ。男として、大事なアソコをいただくぞ。
タケくんがびっくりしている間に、白い蛇は砂場の中に潜っていったって話。お兄ちゃんたちが駆け寄ってくるまで、タケくんはぶるぶる震えて、動けなかったんだって。
ねえ、おじさん。アソコって、蹴られると、すごく痛いらしいけど、ホント?
え、それもあるけど、はさんだ時もなかなか痛い? うわあ、女で良かったかも、あたし。
女も辛い? 子供産む時とか? え、どれくらい痛いの? スイカをお尻から出すくらい? 無理無理、あたし死んじゃうよ!
じゃあお母さんはそんな辛い目に遭ったのに、お兄ちゃんとあたしの二人を産んだの? そんな苦しいなら一人でいいのに、どうして?
なになに。おじさんのお母さんが言うには、産んだ直後はみんなそう思う。でもしばらく経つと、もう一人いってもいいかな、と思う? 分かんないなあ、あたし。
おっと、タケくんの話に戻るね。
家に帰って、タケくんはお父さんとお母さんに、白い蛇のことを話したの。
タケくんは涙目だったけど、お父さんとお母さんはニコニコ笑っていたわ。かえって、その事が、心から嬉しいとでも言いたそうな、そんな笑顔だったんだって。
タケくんは怒ったわ。どうして自分が大変な目に遭いそうなのに、笑うのさって。それに対して、タケくんのお父さんやお母さんは、心配いらない、いつも通りに過ごしなさいってタケくんに言ったんだって。
そんなことを言われたら、たまらないよねえ。タケくんはカンカンに怒ってさあ、夏休みということもあって、その日は、ふて寝したんだって。
ところが、夜になるとね。聞こえるんだよ。
縄が畳を這いずる音。それがじょじょに、じょじょにタケくんの寝ている布団に近づいてきたんだって。
思わず、タケくんはアソコを両手で握りしめたわ。蹴られただけでも痛いアソコ。取られたりしたら、たまったものじゃないだろうしね。
ガタガタ震える、タケくんの耳元で、誰かがささやいたわ。
――忘れるな。八、八、八の供え物。
もうタケくんは震えっぱなしでね。トイレを我慢できなくて、とうとうお漏らししちゃったんだって。もう十二歳になろうかって時だよ。恥ずかしくって仕方ないよね!
え、もっとトーンを落とせ? ごめんごめん。
それで布団に世界地図を描いちゃったタケくん。朝ご飯をたらふく食べさせられたんだってさ。大根、人参、キュウリにスイカ。そのほかたくさん。ありとあらゆる野菜とご飯。いつもの三倍増しくらいはあったらしいよ。
でも、なんだかんだで食べきれるあたり、男の子ってすごいなあ。あたしなら茶碗一杯で限界。あ、アイスは別腹だけど。
で、我慢できなくなったタケくんは、問い詰めたわけ。お母さんは布団を干していたから、たまたま休みだったお父さんにね。
すると、お父さんは広げていた新聞をたたんで、話してくれたらしいの。
お父さんも、タケくんくらいの時に、白い蛇に出会ったこと。
八、八、八の供え物をせよ、と言われたこと。
タケくんと同じように、笑っている親に怒って、恐らく枕元にやってきた、蛇の気配にお漏らししてしまったこと。
じゃあ、どうして、と詰め寄るタケくんを、お父さんは手を上げて止めたんだって。
今日の朝ご飯。それが、答えだって言ったらしいの。
何のことか分からないタケくんに、お父さんは冷蔵庫にくっつけていた、マグネットのホワイトボードとホワペンを渡してね、「やおや」って漢字で書いてみろって。
タケくんは「八百屋」と書いたわ。
次にお父さんは、「米」という漢字を付け足して、点の向きとかを微妙に変えながら、「八十八」という漢字に分解して、タケくんに見せたの。
え、米寿? 八十八歳のお祝いのこと? へえ、おじさん、もの知りだね! ほめても何も出ない? ちぇー。
そして、八百と八十八を足すと、八百八十八。ほら、八、八、八と並んだでしょ。
白い蛇さんの言っていた供え物の正体は、たくさんの野菜とお米のことだったんだね!
それからタケくんは、白い蛇に再会することなく、野菜とお米をもりもり食べたとさ。
おしまい!
え、それからのこと? お兄ちゃんにこっそり聞いたんだけどね、タケくん、またお漏らししたんだって。でも今度は世界地図を書かなかったらしいの。少なかったのかな。
でも、その日からタケくん、顔つきがちょっと大人っぽくなった気がする。結局、白い蛇さんが言ったっていう、約束の時って何なのかなあ?
どうしたの、おじさん? ニヤニヤして。もしかして、意味がわかったの?
教えて教えて! え、男の世界だ、ほっとけって。ひどーい、あたしはこう見えても一人前の女でレディーなんだから!
なに、大事なところから血は出たか? それってケガか病気じゃないの?
あー、また笑った。子供扱いしてーっ、プンプンだよ!
え、もう行くの? 何だかはぐらかされた気がするけど……あとでお母さんに聞いてみよ!
バイバイ、おじさん! あたしの話、いつか絶対に書いてね!
約束だよ!
近野物語~あなたの隣の伝説~ つぶらやこーら @tuburayako-ra
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