第6話 違和感
本に触れると、そこは大広間。
真っ赤な絨毯と観覧車の模された時計が目に飛び込んでくる。
しかし、どこにも窓がない。初めて連れてこられた時に、この世界から帰される直前にものすごく明るくなった気がしたが、あれは外の光ではないらしい。
電灯らしきものも、なに1つない。
なのに、ものを見るのに十分な明るさを保っている。
壁をぐるりと見渡すと、小さな中学生くらいの女の子が突っ立っているのが目に入った。
僕たちをここへ連れてきたこの女の子は、存在しないクラス…つまり0組の人間ということで、レイと呼ばれることになった。
「ねえ…」
今村さんだ、この女の子はさきほどから自己紹介のきっかけを作ったり、リーダーっぽい役割をかって出てくれている。
「私たちに早急に覚えてほしい魔法って…なに?実際、まだこの変な部屋のことも信じられてないし、そこからさらに魔法を信じろって言われても…」
「だから、あの爆音を鳴らしたんじゃないか」
レイが不機嫌そうな顔をした。
それを聞いて後ずさりした今村さんの足元で、木の板がキイキイと鳴る音がする。
どうやら、絨毯の下は木造らしい。
「北朝鮮かも」
「花火の事故とか!」
中村さんや氷川君が口々に言うが、レイは無視して言った。
「君たちに早急に覚えてほしい魔法というのは、[二重の魔法]という、これから最も使う機会の多いものだ。」
氷川君が、無視かよ…と呟いたが、レイは黙っている。
「あの…最も使うってどういうことですか?」
あの大人しそうな子だ。たしか、川崎さんだったかな、薄縁のメガネをかけていて、いかにも書道部という感じだ。
「君ら…周りにのまれすぎだぞ。なにか引っかかったことがあれば、その都度言ったほうがいいかと思うが。」
いったい何のことだ。みんなが首をかしげる中、川崎さんが「あっ!」と声をあげた。
隣にいる今村さんも、何何?教えてと言っている。
「えっと…ほら、今村さんが『1クラス1人ずつ連れてこられてる』って言ってたよね?あれ、私、全然知らなかったんだけど…」
「え?言ってたじゃん、レイが」
「なにそれ、聞いてない」
「よく覚えてないなぁ」
「僕それ、聞いたよ!」
みんながそれぞれにわめくので、氷川君が
「ちょっと待て待て!そういえば、レイが『名前を勝手に決めていい』って言ったってのも、俺は知らないぞ。」
そういえば…そうだ。
氷川がつづけてレイに問う。
「おいおまえ、何かしたのか?俺たちに…」
レイは、ただ澄ました表情をするだけで、答えようとしない。
こんな意味深な態度を繰り返されると、
どこから光が入ってくるわけでもないのにチラチラと輝くホコリ、もはやこれも魔法の一種なのではないかと思えてくる。
ホコリのチラチラが、ふわっと動きを変えた。
気流が変わったらしい。
「これが、[二重の魔法]ってことなの?」
「ご名答!」
川崎さんがおずおずと聞くと、レイが大声で答えた。
「君らは人に答えを聞くよりも前に、もう少し自分の頭で考えてみたらどうだ。この川崎さんのようにな、さすが4組なだけある。」
4組…
そうだ。この福岡県立姫川高等学校は、学力向上のために、成績上位者40名を毎年4組に集めている。
特別クラス、略してトックラ。
「あ、うん…ありがと…」
川崎さんは控えめにしていたが、褒めた本人のレイはつまらなそうだった。
「なんだ、もっと喜びなよ」
8人に、なんとなく変な空気が流れる。
トックラを褒めるときなんて、馬鹿にするか負け惜しみかの二択くらいなものだ。
みんな、それを分かっている。
レイが、ふっと息を吐いてさらに言った。
「今日は、この[二重の魔法]を習得するための講義を行う。どんなものかは、各自今ので理解したか?」
いっときの間ののち、川崎さんがよく通る声で言った。
「いろんな人に、同時に別の状況を体験させる…とか?」
「その通り」
キーンコーンカーンコーン
チャイムのなる音が聞こえた。
昼休み終了のチャイムだ。
しかし観覧車の時計を見ると、昼休み終了の時刻までは、まだ50分ちかくはあった。
時計が…進んでいない?
レイが言う。
「これは、始業のチャイムだ」
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