第5話 大広間

5月2日、昼休み。


姫川高校の図書館に集まった僕たち8人は、

目の前に広がるあまりにも広い部屋に圧倒されていた。


「わぁー、やっぱすげぇなここ!」

「ひっろ!この部屋どこまで続いてんの?!」


皆が口々に叫ぶ。


そして、僕たちには共通点がある。


全員、この『逃亡』という本を持っている点だ。


小さい女の子が口を開く、

「君たちがここへ来るのは今日が2回目かと思う。そこで…」


そう言いかけた時、やけにガタイのいい坊主の少年が大きな声で言った。


「おいおい、その前にさ、昨日の爆音を鳴らしたのがあんたってのはどういう意味だよ、それを先に説明しろよ。」


小さな女の子相手に、やけに高圧的に喋るものだな。体格やヘアスタイル的に、野球部だろうか、坊主にヘアスタイルも何もないとは思うが。


「ああ、その話か。」


みんなが緊張するのが分かる。


「そのままの意味だ。昨日の爆音を鳴らしたのは私だ。君たちに教えることは、いったいどのようなものなのか、それを伝えるのにもっとも手っ取り早い方法を選んだまでだ。これでいいか。」


「教える?何を?」

色白の男の子が聞く。


「何をって…魔法に決まってるだろう。」


ざわめきが走る。


「え?!魔法?!」

「魔法ってあの火を出したりするやつ?」

「てか、魔法とかあんの?」


女の子がつづける。

「君たちには、これから毎日ここへ通ってもらう。ゆくゆくは、この3年間の学びを通して真の魔法とは何かを体得してもらうことになっている。この大広間へ来る方法は分かるか?」


ここへ来る方法?


そうだ、僕たちはここへ来るのは2度目。

であれば、なんらかの同じ方法でここは来ていることになる。


あ…もしかして…


そう思って顔を上げると、中村さんと目があった。あっちも何となく察しがついたらしい。


中村さんが先に言った。

「この本に触れてること、だよね?」


「その通りだ。その今手に持っている本、『逃亡』。それに触れている間は、私が君たちをこちらの世界へ転送することができる。ただし転送は1日1回しか行えないので、こうやって全員集めたい時には、全員が同時に本に触れていないといけない。」


「そうか…だから、あんたは俺たち全員が本を手にするのを待っていたということか。」


「そういうことだ。1度、全員を集めて説明する機会が欲しかった。1日目は神山輝樹の不在のため、まとまった説明が行えなかったからな。」


みんなの視線が僕に集まった。



いや、僕が本をもらったのはみんなが1日目に集まったとかいう次の日なんだから、仕方ないだろ。


「でも…」


色白の男の子が言う。


「魔法とか…信じらんないな…オカルトとかではよく取り上げられるけど、所詮は妄想みたいなところが大きいよね?」


ちらほらと、だよね、とかあぁーと言う声が上がる。


「信じるか信じないかは個人の自由だが、君たちは明日も来るだろう。自分でも、そんなことはわかっているはずだ。」


女の子がピシャリというと、

皆が、ぐっとおし黙った。


みんな明日も図書館に来るということを言っているのだろうか。この坊主のスポーツマンが毎日、本を借りに来ているようには見えないが。


女の子は、ふぅっと息を吐き、こうつづけた。


「自己紹介でもしたらどうだ。君たちは名前も知らないような人間と、これから3年間学んでいくのか。クラスも違うから、知らない人も多いだろう。」




自己紹介の流れになった。


「これから3年間ってことは、みんな1年生なんだよね?」


長身の、ショートヘアの女の子がみんなの顔を見ながら言うと、それぞれこくこくと頷いた。


「じゃあ…1組の人からいきません?たしか、各クラス1名ずつ来ているんでしたよね?」



「あ、じゃあ…1組の|利岡 広(としおか ひろ)です。よろしく。」


パチパチパチと、ちらほら拍手が起きた。



「2組の|月 朋彦(つき ともひこ)です。天文部に入ってます。よろしくお願いします。」


よく喋っていた色白の男の子は、月という苗字らしい。天文部にふさわしい名前だ。


あ、部活言っていくかんじか。

さっきの利岡君が補足を入れる。


「あ、言ってなかったけど部活はテニスです。今年は4人しか入ってないんですけど…」


「3組の|今村 東子(いまむら とうこ)です。部活は弓道やってます。よろしくです。」


ああ、さっきみんなに1年かどうかを聞いた人だ。弓道をやっているらしいが、身長も高くて、バレーボールの選手でも通りそうなくらいだ。


「4組の|川崎 芽以(かわさき めい)です。部活は、書道をやっています。」


「5組の|水見 絵理(みずみ えり)です。」


シン…え、それで終わりか、終わりなら言えばいいのに。次の人がわかんないだろ。


「ん…終わりかな。6組の|氷川 修一郎(ひかわ しゅういちろう)です。野球部の1年リーダーやってます。よろしくお願いしますっ!」


ここまで全員部活生…まずい。僕は部活をやっていない。毎日の嫌がらせに耐えるのが精一杯で、そんなことに頭が回らなかったからだ。



「7組の|中村 奈々(なかむら なな)です。部活は…やってません。よろしくお願いします。」


ほっとした、仲間がいた。


「8組の|神山 輝樹(こうやま てるき)です。僕も部活してません。よろしくおねがいします。」


最初は起こっていた拍手も、最後の方では手をパタパタと合わせるくらいになっていた。


「終わったか。」


あの女の子が出てきて言った。

そういえば、どこへ行っていたのだろう。自分の自己紹介のことが気になって全然注意を向けていなかった。


「ねえ、」

今村さんが女の子に声をかける。


「きみ、さっきなんて呼んでもらっても構わないって言ってたけど、なんか希望とかないの?」


「特にないが。」


今村さんが困ったことをしている。


だよな、なんでもいいが1番困るんだよな。



「田中さんで良くない。」

水見さんだ。さっきの自己紹介の終わり方といい、この子は少し勝手なイメージができてしまっている。


「田中さんに失礼だろ。」


野球部の氷川が半笑いしながら言った。


「じゃあ…」


今村さんがなにか考えている。


「0組の人ってことで、レイは?」


お、ちゃんと意味を持たせたネーミングだ。


あちこちから、いいね、それでいっかと聞こえてきた。


「いい?レイ?」


「…構わない。」

小さな女の子、レイも少し微笑んでいる。

嬉しいのだろうか。


「さて、自己紹介も終わったようなので、本題に移る。君たちに、早急に習得してほしい魔法がある。」



どうやら…嬉しかったのは名前ではなく、長々しい自己紹介がやっと終わったことらしかった。

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