第8話 人間やってます


私は死にそうなくらい苦しい時、きっと私の中で一番「生きてる」と思う。

死にそうな時、生きてる感覚が鋭くなる癖に、生きてる時は死にたいなんて簡単に言葉を吐いて安心する。


こんな言葉吐くなら生きてる暇つぶしだろ。


そんなことを思った。暇つぶしで人間やってて、理不尽なことばっかりで、たまに上手くいくなんて信じても100回に1回もない。


私は、寒いのは大の嫌いでコートにマフラー手袋をしていた。静かなホームのベンチに座ってボーっとしていた。

隣は電話をしている女性。その女性の電話は何だかわからないが大変そうだ。他人事のように思っていた。


「暇つぶしで生きてるなら、暇つぶしを好きになりたいな。」


電話に向かって優しく言葉を掛けた女性。


「人間なんて、死ぬまでは暇つぶしなんだから嫌なことばっかり考えずに生きろ。」


なんの話だか知らないが自殺しようとする友達がいるのだろうか?私は気になり出した。

私はその女性に目線を向けないように、俯きながらその女性の電話に耳をすませた。私の足元には映画のチラシが落ちていた。『fragile』という映画。有名な俳優や女優がやってるらしい。なんだかよくわからないタイトルだ。



そんなことより。

隣で電話をしている女性の言葉を受け取った時、私なら何だか生きてる感覚がするだろうなぁ。私の中では生きるも死ぬまでも考えもしないのに、他人の死に関しては悲しさが溢れる。自分のことは何も思わない。

私は今死んでも生きてても何も思わないと思うなぁ。

勝手に自分の感想を心の中で言った。


その女性を見るにも会社帰りらしい。スーツ姿だった。つい、話が気になり見てしまうとその女性と目を合わせてしまった。

私はすぐに目を逸らし、映画のチラシを拾った。紛らわす為だけに…。


目線を逸らしてから女性は途端に半泣き顔で、

「まぁ、私が死んだら泣いて欲しいかな。」


女性はそう言って電話を切った。その声は震えていた。


秋の冷たい風が頬を伝う。ひんやりとした空気の中の地下。薄暗い照明。私とその女性しかいなかった空間。時計の針も、もう遅い。


その女性は私と同じ電車が来るを待っていた。だが、様子がおかしい。手にしていた携帯を鞄にしまい、首に巻いたマフラーを外して、ヒールを脱ぎ、一呼吸置いた女性。


寒いのに何を考えてるんだろうか。ましてや、靴まで…


鞄を置き、電車が来るのを見計らっていた。


「あの、…」


私は咄嗟にその女性の手を掴もうとするとスルリと抜けてしまい、一瞬にしていなくなった女性。電車が来るのと同時に身を投げ出した女性による人身事故。暇つぶしに人間やってると言ったのは誰だよ。

時計の針の音。今起きた出来事を整理すると 思考回路は停止し、動揺だけの回路は動いていた。 私は足が震えた。女性の手を掴んだと思ったら無くなっていた肌の感触。私の人助けは遅く、その人はいなくなった。足の震えは止まらず力なく座り込んだ。

アナウンスが流れ、終電に間に合ったと言わんばかりの大学生が一人走ってきた。


私は足を引きずって、そのホームから出ようと試みると、あの女性の携帯が鳴り響いた。


「あの〜、あなたのですか?」


私の横にあった鞄を指して、大学生はそう言った。私はその鞄の持ち主を知っているが嘘を吐いた。


「いえ、知らないんです。落し物じゃないですか?」


すると、大学生はあの女性の鞄を持った。


「置いておきましょうよ。」


私の咄嗟の判断で口から出た言葉。疑問を抱くに決まっている。落し物を届けようとした優しい心の大学生の思いを削ったのだから。


「えっ?」


何を思われたか知らないが、変な人だと思われただろう。


「明日になれば落し物の人が来ますよ」


変なひきつり笑顔の私に大学生は苦笑いで


「そ、そうですか」

と言って、大学生は鞄を置き、ベンチに座って携帯を触っているが変な空気に私が耐えられるかが問題だ。私の中はぐちゃぐちゃにズタズタになっている。


私はこの空気の中、変な会話、全てにおいて気分が悪くなった。あの女性のことを思うと駅を出ることにした。


その日は雨で道路や歩道橋は滑りやすいのは知っていた。傘もなくただ走ってあの駅から離れようと思った一心だけで走っていた。


私は信号が青になったのと同時に走って横断歩道を渡ろうとすると、トラックが信号無視して飛び込んできたみたい。


「危ない!」


誰かが言っている。その途端全てが真っ白くなった。どうしたのかも自分でわからない。


頰に落ちる雨。色とりどりの傘。こんなに淀んだ世界が美しく見えるようになるなんて。


微かに覚えている映画のタイトルも思い出せない。


見にいこうと思ったのに。


私の人生は脆い人間でした。





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