11.ネガ

「おそらく、あの……彼……この追い詰められていた人は、もうこの世にいないと思います。下手すれば、この写真を撮ったカメラマンさんも……」


 神沢はやや暗い顔つきでぽつりと言った。


「事件現場の証拠を握られた、見つけてどうにかしようと思ったら、写真がネットで公開された、公開したあなたが目撃したカメラマンと繋がりがあれば、なにかマズいコトも知っているかも知れない……かも知れないばかりですけど」


 その推測は俺たちの考えとほぼ同じだ。

 ただ、思ったよりもこいつは御島たちと緊密な繋がりはないようだ。

 そういえば、前に研究所で俺たちが帰るときも、あまり噛み合ってはいなかったような覚えがある。


「もしかして、君と御島らって、そんなに仲良しさんでもないのか?」

「僕と……ですか? ああまぁ、持ちつ持たれつ、とは言われましたし、僕も融通を利かせてもらったりして便利ではあったので、お互いに利用し合っていた感じでしょうか。ただ、御島さんとのお仕事は、後味が悪いことが多い、ですね」

 うむうむ、と同情しつつ肯定してみせると、ですよねぇ、と肩を落とした神沢。

 これは、今後を踏まえたら、こいつと上手く立ち回った方がいいんじゃないか?

「泳がされてたとしたら、あんたの動きは今ここにいるのも含めて全部筒抜けってコトか?」

「……そうですね……可能性は高そうですね……」

「とすると……どうしたいんだ? まさかこいつを消すまでしつこく狙うってのは勘弁だぜ」

 軽く眇めた目で様子を窺う。

 消すという単語にぴくりと涼が反応して、ふるふると頭を振った。

 それを、大丈夫なんとかなるから、と雅巳がひそひそ宥めている。

 こちらの動きを暗い目で見渡した神沢は、指を組んで口元に当て、じ、と考え込んでいた。


 ふと、時計を見るともう八時を回っている。

 営業妨害だな、と内心くすりと笑ったが、涼にしたらそれどころじゃないだろう。

 神沢が、ふ~っと大きく息を吐いた。

「ネガを回収して、どうにかならないか、交渉してみます。事を荒立てるのは好まないでしょう?」

「そりゃ願ったりだけど……」

 ちらりと涼を見ると、向こうも俺を見て、こくこく、と頷いた。

「ただし、もう絶対に涼にちょっかいは出すな。ネガを渡す条件はそれだけだ」

 涼はあたふたとバッグからネガを取り出して、テーブルに置いた。

 やや震える手で、す、と滑らせて神沢の方へと押し出す。

 受け取った神沢は、紙のケースからネガを出して、あまり明るくない店内の明かりに透かして確認する。

「……本物のようですし、たしかに受け取りました」

 その様子を見ていた雅巳は、ちょっと待ってて、といったん自分たちの事務所へと戻っていく。

 すっかり忘れられていたジョウは、カウンターに突っ伏して寝ていた。

 その耳を引っ張って、寝るなら部屋で寝ような、とついでに連れて引き上げる。

 一連の流れを見ていた神沢の目は、微かに笑いを含んでいた。


「よくわかんないんだけどさ、結局あの写真はなんだったん?」

 困ったように眉尻を下げた涼は、やっと人心地ついたのか、すっかり冷たくなったコーヒーに手を付けた。

「会社の機密事項が漏れた、そんなところですよ。ご迷惑をおかけしました」

「いや、そもそもは涼が撮影者でもないのに、勝手にネットに上げたからじゃないのか? いくら買ったモノとは言っても、な」

 ぴし、と涼を指差して、諸悪の根源のひとつだ、と軽く睨んで笑った。

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