9.カメラ

 ドアの向こうにいたのは、一見すると神沢本人だった。

 それをすぐに「式神?」と思ったのは、頬に梵字のような筆書きの文様が描かれていたからだ。

「あんたがここにいるってコトは、昼間、俺たちも見つかってたってコトなんだな」

 肩を竦めて苦笑いすると、式神も愛想笑いのように笑った。

「僕は周辺にいつも式神を配していますから、いつも監視カメラを脳内で見ているようなものですよ。よほど優れた霊能者か陰陽師でも連れてこない限りは、小細工しても無駄だと思いますよ」

 面倒なコトになったなぁ、と髪を掻き上げながらぼやいて、辺りを見回した。

「御本体はいないのかい?」

「同じですけど」

「あんたにゃ同じでも、俺たちには同じじゃないんだよ。心の機微ってモノがわからないようじゃあ、いくら優秀な陰陽師でも、人間としては低レベルだな」

 煽ってみると、式神はぽんっと人型の紙に姿を変え、入り口の階段降り口の陰から、神沢本人が現れた。

 ラフなパーカーにジーンズという地味めな恰好だ。


「めんどくさいんですねぇ。人間でもないあなたに、低レベルとか言われるのは楽しい話じゃない」


 文句を垂れる神沢を、人目につかないようにと店へ招き入れた。

「全部気付いてたのなら、俺らがどうしてあそこにいたのか、は?」

「いえ、さすがにそれは、事前に下調べが必要ですよ」

 よし。

 俺は心の中で頷くと、カウンターの雅巳たちに、一人前増やせるか?と声を掛け、涼のいるテーブル席に案内した。


「涼、とりあえず、紹介しておく」

 言われて毛布からもぞもぞ出て来た涼は、まだ高校生くらいにも見える神沢を険しい目で見詰めた。

「こいつは、俺の知り合いのカメラマン、水希涼。で、こいつは……まぁ、陰陽師、でいいのか?」

 俺は具体的にどう紹介したものかと、本人に託した。

「僕は……そうですね、わかりやすく言うなら、陰陽師でしょうか。神沢です」

 一応は礼儀正しく挨拶を交わしている。

 涼は警戒を解いたらしく、肩の力が抜けていた。

 話したらわかる相手なんだろうか。でも、あっさり腕を切り落とすとかしちまうタイプだったよなぁ。

 そして非日常的な話は都市伝説だと頑なに言い切るような涼だ。

 陰陽師ってどうよと、ちらり思ったが、意外とこれは受け入れてもらえたようだ。

「ホントにいるんだ?」

 目をぱちぱち瞬かせてはいるが、都市伝説にはならないらしい。

 神沢はと言うと、記憶を辿っている、そんな考え込む表情を浮かべている。


「カメラマンさん……どこかでお見かけしましたか?……ああいや、カメラさんというべきですか……?」


 いきなりの核心にきた?

 俺はつとめて冷静を装って、ほぉ?と隣に腰を下ろした。

「こいつじゃなくて、カメラさん? モノの方?」

「……ですね。モノというか……付喪神?」

 そうきたか。

 ちょうどコーヒーをもってきた雅巳に、俺は目配せした。

 頷いて涼の隣に雅巳も腰掛ける。

 雅巳の姿を見て、ああ、と思い出した顔を向けると、次に視線は涼の横に枕代わりにされていたバッグに移った。

「そこにあるカメラ、無事でしたか。カメラマンの人には、申し訳ないことをしましたが……」

 なむなむ言い始めそうな雰囲気に、俺たちは、え?と怪訝な顔をするしかなかった。

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