2.被写体

 眠そうな声でドアを開けたのは、雅巳だった。

 完全に寝間着状態のぶかぶかジャージ姿だ。

「なんだ、マスターか。うっさいなぁ、遠慮しようよ、時間見て……」

 文句を垂れながらも、俺の後ろに立つ涼に気付き、え?と不審な声を上げた。

「水希さん、だよね? なにそんなにやつれてんすか?」

 ごしごしと目元をこすって再確認している。

 俺はドアをぐいと更に開いて涼を押し込んで、後ろ手に鍵を掛けた。

「なんかストーカーだかなんだかに狙われてるそうだ。相談ついでに匿って休ませてやれよ」

「またなんかヤバそうなの相手に仕事してたんじゃあ? ちょっと待って、着替えて顔洗ってきてもいいよね」

 あたふたと自室の方へと駆け込んでいくのを見送り、俺は事務所の応接セットへと涼を促した。

 一人用の方に涼を座らせ、向かいの三人掛けの方に腰を下ろす。

「こないだはカメラ見せびらかしてご機嫌だったじゃないか」

 からかい半分に言うと、ネクタイを緩めて背もたれに身を預けた俺とは対照的に、涼は膝の上のカメラバッグをぎゅと強く抱え込み、顔を曇らせた。

「どうも、諸悪の根源が大セールされてたらしいんだな、これが」


 着替えを済ませた雅巳は、コーヒーをテーブルに並べてから俺の隣に腰掛けた。

 基本的にハイネックのシャツを着ているのは、別に俺対策なわけじゃない、とは言うがそこはどうだか。

 漂うコーヒーの香りで少し落ち着いたのか、バッグを足元に置いて、大きく嘆息を漏らした涼は、ゆっくりとカップを手にして、そろそろと口へ運んだ。

 その様子を見ながら、最初から説明してくれる?と雅巳が首を傾げるようにして尋ねる。

 しばらくカップを持ったまま考えていた涼は、ああ、とやや俯き加減にぼそりぼそりと喋りだした。


「コトの初めは……、俺が一眼レフカメラを千円の安値で買ったとこからかな、たぶん。モノはごくごく普通の、いや、程度としては良い方のモノだったんだわ。ところがさ、念の為にと暗室でカメラの蓋開けたらさ、中にまだ、撮影済みのフィルムが、巻き取られんままに入っとったんだ」


 ほほう、と俺が相槌を打つのに、雅巳は微妙に眉を寄せて聞いている。

「雅巳……もしかして、アナログなカメラは、いじったコトない……?」

 ぼそりと耳元で囁くと、う、と言葉を詰まらせながらも、こくこくと頷いた。

 しっかり聞き止めた涼は、そっか~、と苦笑い。


「まぁ、マスターわかっとるみたいだから続けるわ……でさ、そのまま、巻き取って自分とこで現像してみたらさ、特撮みたいな映像が写っとるわけよ。で、俺、面白がってそれ、まんまの状態でSNSにupしちゃったんだ……」


 はぁ、とため息。

 そして髪を片手でくしゃくしゃっと掻き回し、宙を眺めた。


「特撮みたいって、なに? 怪人でも写ってたとか……」

 冗談めかして軽く言うと、返ってきたのは再びのため息だった。

 カップを置くと、バッグを引き上げ、そのポケット部分から写真を取り出す。

「まぁ、見て確かめてくれや」


 俺と雅巳は身を乗り出して、テーブルに並べられた写真を覗き込んだ。

「……これ……は……」

 写っていたのは、確かに怪人、いや、人間ではない、なにか、だった。

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