第三話 Film Dance

1.フィルムカメラ

「今どきフィルムカメラ持ってんのかよ」

 にやつきながら古い一眼レフを見せびらかしているのは、便利屋にちょくちょく出入りしているカメラ小僧。今だとカメ子とか言うんだっけか?

 水希涼みずきりょう。こないだ来た時は、もうすぐ三十路だとかぼやいていた。

 ポケットの多いカーゴパンツと迷彩っぽいジャケットみたいな恰好が多く、従軍カメラマンでもやるのかよ、とよくからかう。

「それがさ、激安、これでいいって言われてよ」

 カウンターに乗り出して、人差し指を一本立てる。

「一万?」

「のんのんのん、千円」

 立てた指を振って、にやつきにドヤ顔が上乗せされた。

「今どき、フィルムなんて現像してくれるとこ、あんまりないんじゃないのか?」

 肩を竦めて磨いたグラスを棚にしまう。

「それについては大丈夫、俺、現像セット一式揃っとるし……とは言え、最近はデジタルに浮気しとったから、現像液やらいろいろ古くなっとるかもな。あ、いや、その前に35ミリフィルム買わないとだ」

 あははは、と呑気そうに笑い、便利屋さんの依頼は、ちゃんと高性能デジカメで撮るから安心しとってよ、と大事そうに一眼レフをカメラケースに収めた。


 それがつい先週の話だ。


 うっすら無精髭を生やした涼が困り顔で便利屋を訪ねたのは、明け方、俺が店を閉めようとしていた時だった。

「おはようタイムだけど……、おそよう?」

 からかうように言うと、安堵したように肩を落とし、どっちか入れてくんない?と俺の店と便利屋のドアを交互に見遣った。

「叩き起こせばいいんじゃあ?」

 俺は容赦なくインターホンを連打した。

「それにしても、どうした? 三日三晩サバイバルしてきましたってな風貌になってるぞ」

 言葉通り、無精髭だけじゃなく、やつれて疲れ切った表情は、誰が見てもここより病院に行けと言いたくなるだろう。

 それでも商売道具の大きなカメラバッグはしっかりと抱えている。

「なんか、おかしなのにストーカーされとる感じ? 仕事用にばら撒いとる電話とメールがひっきりなしで鳴るし、うちもバレてるっぽくて、変なのがうろうろししとるしで、参っちゃってよ」

 愚痴ってると、ドアの向こうから眠そうな声がした。

「営業時間外は別料金ですが~、よろしいですか~?」

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