12.修復
切り落とされた腕先から血を滴らせつつ、俺はにやついた笑みで治彦に歩み寄る。
正面から見据えてにやりと口角を上げると、普段は目立たないように意識している牙を剥き出した。
治彦の瞳に映る俺の瞳は、紅い。
ここにきてようやく、俺の正体に気付いたようだ。
「お前……っ」
能力を使おうとしても、俺が見詰めた段階で集中力が落ちていたのだろう、逆風がょっと吹いている程度の抵抗しか感じない。
残っている右手で治彦の顎を仰け反らせると、そのまま頸動脈に噛みついた。
ぷつっと皮膚を破る感触。
食い込む牙。
暖かな溢れる鮮血。
鮮血を口腔に満たす間もなくごくごくと喉へと流し込む……ああ生き返る~……とご馳走になって体力回復のつもり、だった。
が、噛みついた傷もそのままに、思わず数歩後退ってしまった。
「ちょ、不味い……っ?」
いやいや、いろんなタイプの血を飲んできたが、こんなに不味いのは初めてだ。
思わず右手の袖口で口元を濡らした血を拭って訴える。
「ななななんなんだ、超能力者の血ってのは不味いのかっ」
「なんですかその言い種は。噛みついておいて何を言うんですか」
「噛みついたくらいで苦情言われたくないぞ、貴様の方が物騒だろうが」
言い合いながらも、味はともかく飲んだ生き血は、みるみる心臓を修復し、左手も修復していく。
霧が腕を形成したとほぼ同時に、ぐん、と腕が再生されて元に戻る。
軽く手首を振り振り、肩ごと回して馴染み加減を確認すると、捲り上げていたシャツの袖を下ろした。
それを見ている治彦と神沢は呆気にとられた顔をして、便利屋のふたりは、相変わらずすげぇ~、とか好奇心旺盛に、だが遠巻きに眺めている。
治彦もそう言えばと自分の首筋に掌を当てて修復作業をはじめた。
思ったより器用なところもあるのかも知れない。
「そうか、お前は吸血鬼だったんだな。もしかして英美の血も吸って、眷属にでもしたのか? え?」
ちょっとばかり下卑た表情で責めるように言ってくる。
「それは思いつかなかったな。でも、血は吸えたとしても、眷属に出来るのか? 彼女、通じないんだろ? そこんとこだけは聞いたんだが?」
そのままに問い返してやると、続く言葉を飲み込んで傷口が塞がった首を振り、深く嘆息した。
改めて周囲を見回している。
事切れて倒れている墨田、迷いが表情に出ている神沢、部屋から出ないまま様子を窺っている便利屋ふたり。
「ミスった……判断を間違えたのか……?」
呟く治彦に、式神に戻した霊人形を手にした神沢は、緩く頷いた。
「だから、監視なら僕だけで何とかなるって言いましたよ。墨田さんには胡散臭い噂も絶えなかったし、やり口が汚いのは、陰陽師関係の知り合いにも知れ渡っていたそうだし……」
反省会が始まりそうなふたりは放って、俺たちは、研究所を出た。
車で来たのは正解だったな、と笑うジョウ。
いったいどうしてこうなっているのか、まったく記憶にない……と項垂れつつもハンドルを握る雅巳。
「ところでさぁ、死なないって思ってるから気楽に見てられたけど、ホントに死なないのか?」
助手席から振り返ってジョウが不思議そうに訊いた。
「おそらく、でしかないんだがな。今のところは生きてるし。まぁ、だからって、未来永劫生きてるってコトはないだろうさ……てか、そんなのさすがに俺もイヤだぞ」
肩を竦めて笑う。
「ただ、あいつらは要チェック、だな。関わりたくはないけど、関わってしまうなら気に入らなくても敵対しないで利用するのが賢いんじゃないかと思うよ」
雅巳の意見もごもっとも。
「あいつ、能力値は高くても、まだ使い方が下手なんじゃないか。神沢って陰陽師ぽいヤツの方が、若くても使えそうだったな」
どっちがスマートに腕を落としたか、一目瞭然、比べる必要もなかった。
……あれ? こっちも反省会みたいになってやがる。
「口直しに飲みたい気分だ、ふたりとも付き合えよ? お代はいいから」
俺の提案に景気のいい返事が前の席から聞こえたのは、言うまでもなかった。
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