11.霧散霧消

「要するに、俺には死んで下さいってな話なのかな?」

 俺は式神だらけな左手を殊更目立つように治彦の眼前でひらひらと振って見せた。

 さすがにずしりとした物理的ではない重みを感じ始めている。

「話が早い。どういった能力があって無事なのかはわからないけども、心臓が止まれば終わりでしょう」

 いわゆるドヤ顔で、空中を握るような仕草をした。


 ちくり。

 いや、ぎゅっ、なのか。

 イヤな感触が心臓から伝わってくる。


「その邪悪そうな笑顔、人間らしいと言うか……ぺらぺら喋ってこんな真似して、俺が死ななかったらどうするつもりなんだろうな」

 痛みがないわけじゃない。ナイフで指先をちょっと切ったって痛覚は普通にある。

 かといって、簡単に死なないのはどうしようもないのだ。

 それに、こいつに痛そうな顔を見せるのも癪に障る。

 俺はにんまり笑って治彦にのしかかるように近付いた。

 治彦は、まさか、嘘だとぶつぶつ呟いている。

 そりゃそうだろう、心臓を握り潰して平気な生き物はそうそういない。

 にんまり笑っているつもりだが、今度は俺が牙を剥いて邪悪そうな笑みになっていそうではあった。じんわり脂汗が滲む。痛くないわけないだろうがっ。

 個体差もあるだろうが、俺はそこまで万能選手じゃない。


「いい能力持ってるじゃないか。それさ、どうせだったら、この俺の左腕、すっぱり落としてくれると手間が省けるんだがな」


 自力でどうにかすると言ったが、自分で腕を落とすよりも、誰かに頼みたいところではあった。ジョウは絶対やだって言うだろうし、雅巳は非力だし内心でトラウマ抱えそうだ。

 ちらりと横目でまだ部屋の中にいるふたりを見遣った。

 助けたいが俺らじゃあ、ってな困惑が表情に出ている。一応はガタイのいいジョウが雅巳を庇うように少し前に出て陰にしてやっているようだ。

 ふたりには世話にもなっているし、やらせたくない。

 ならば。


 治彦、こいつ、使えるんじゃあ? 喜んでやるんじゃあ?


 案の定、我に返った治彦は、両手で俺の胸元を押し返して距離を取ると、眼鏡のフレーム中央をくいっと押し上げた。 

「そうか。腕ごと切り離せば宿主は死んだと見なされるだろうと言うわけか」

 ヤツは式神だけ回収しようと考えているだろう。

 それだけは阻止したい。

 心臓を掴み上げていた力が消えて、その圧が左手の肘上あたりに加わった。


「ふ、っいっ……っ」


 激痛に、つい出かけた声を押し留める。

 すぱっと切り落とすイメージだったが、こいつ、ねじ切ろうとしてやがる。

 いやせめて握り潰してぷちっととか思うんだが、イメージするのが下手なのか、雑巾を絞るみたいにぐるぐるって捻ってきた。

 そのせいで身体の方までつられて肩ごと外れそうになっている。

「ああもう……っ」

 思わず怒鳴りかけたところで、それまでなかった新たな気配。

 と同時に、刃物でさっくり斬られた感覚は、ねじられて痛かった手がなくなって逆に楽になったようにすら感じた。

 前を見れば、そこにいたのは神沢の操る『霊人形』だ。

 霊人形の手が、文字通りの手刀になっている。

 長く生きてはいるが、式神の類いをこういう便利アイテムとして使ったヤツは初めて見た。

 治彦も想定外だったらしく、呆気にとられた顔をしている。

 俺は俺で、あまりにキレイな太刀筋のせいか、ねじれがなくなって楽とか一瞬感じたものの、焼けつくような痛みが襲ってきた。

 ぽたぽた滴り出している血がもったいないが、それよりも切り落とした手から剥がれかけている式神の方が先だ。治彦が我に返ったら終わりだろう。

 切り落とされて生体反応めいたものがなくなったからか、式神は元の形に戻るべく融合していた手から分離し始めていた。

 使い捨てライターで足元に落ちた手と式神に火を付ける。

 剥がれきっていなくても、元が紙だけにすぐに燃えた。

 炎を見て気がついた治彦だが、火がついてからでは間に合うまい。

 融合が完全に分離する前に、俺の手の方が先に灰になっていた。


「残念でした、怨念だらけの式神たちは消えたぜ」

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