10.式神
治彦の何らかの能力で壁に磔にされているまま、俺に軽い催眠状態に掛けられた墨田は、徐々に虚ろな表情になっていった。
状況が飲み込めない便利屋たちは、部屋の中から廊下のやり取りを遠巻きに眺めている。
「俺を困らせるってな意味不明な御島さんちの目的は晴らせたわけだが、それだけじゃないんだろ? あの女の霊だか何だかはお前が殺ったのか?」
一瞬もごもごと口籠もらせた。
言いたくないのか、わずかに抵抗する素振りを見せたが、治彦が何かしたのか、呻き声をあげた。
もしかして、こいつの能力って、念動力とかその類いなんだろうか。
だとすれば、さっきの階段を上がってくるのは早かったコトも、今のこの墨田にしている何らかの力についても納得だ。
そして、自分が最強と思い込みやすくなるのも……。
「そそその式神は……」
重苦しそうに墨田が喋りだした。
「取り憑いた、相手が死ねば……剥がれるようになってんだよぅ……」
「死ななかったら?」
「死ぬんだよぅ……なんでお前、そんなんなってて生きてんだよぅ」
俺は改めて左手を見た。
吸血鬼という体質のせいか、張り付いたそれは蠢きもなく、今はただ張り付いているだけになっている。でも何も変わった能力がない人間だったら?
さっき英美がいた時のように、肉体を侵食して、たぶん長く続けば全身を乗っ取られるか、死ぬのは確実だろう。
「いっぱい取り憑かせて、生命力を吸い取った式神は……そのうち、異種族をも倒せる、強い、式神になる……はずなんだよぅ……」
「蟲毒……」
神沢がぼそりと呟いた。
「聞いたコトはあるが、ホントにそれ、効力あるのか?」
視線は墨田に向けたまま尋ねる。
「試したコトがないわけじゃないけど、本当に虫や小さな爬虫類で試した程度じゃあ人間にはたいした影響も出なかった……」
試したのかよ、というツッコミは抑えて、更に墨田に尋ねる。
「これはどう処分するつもりだった? 何人の生命を吸ってるんだ」
「呪いを吹き込んでない式神は……燃やせばいい……でも、吹き込んだのは……今全部そこに……それが全部……」
「コレは? 取り除けるのか?」
墨田は僅かに動く視線を逸らした。
だろうなぁ、ここまでになっちまってたら無理だろうなぁ、と相槌を打つ程度に頷いた。
「もし……お前が死んで、剥がれたら……次に吹き込むまではただの紙切れだ……でも、吹き込んだら……お前の生命分、すごく強い式が……」
後ろで脳天気にジョウが、なんかわかんねえけどマスター死ねるの?とかほざいているのが耳に入って脱力しそうだ。
わかったから、と言いかけたところで、墨田の身体が激しく痙攣して、落ちた。
ぴくぴくと痙攣をしていた身体は、すぐにその動きを止めた。
「御島さん……っ?」
叫んで詰め寄ろうとする神沢を右手で止めて、治彦の前に出る。
「こういうコトは、日常茶飯事なのか?」
俺は淡々と眇めた目で尋ねた。
「たまにはこんなコトもありますよ。心臓が止まれば、誰でもこうなるんですよ。苦情が増えて、そろそろマズイとわかっていたんでしょう。こそこそと逃げ出していたんですが、灯台もと暗し、人質を隠すにはここがいいと思ったんでしょうか。確かにここは人の出入りも多くはないですし、出て行ったコトを知らない人もいるでしょうから怪しまれないとは思いますけど」
「ぺらぺらとよく喋るようになったな」
いろいろ外部の俺たちに知られてしまって諦めたか、ちょっとずつ余計なひと言が漏れている。人間じゃない俺としてはいちいち反応するコトでもないが、堂々とやらかしていいコトでもない。
「冥土の土産ですよ。死ねばそれもタダの紙切れに戻るそうですし、そうなれば、それ、お宝じゃないですか」
治彦がとっても楽しそうに嬉しそうに、そして邪悪に笑った。
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