9.発見

「なななななんでお前がここにいるっ?」

 墨田は、最初に店へ来た時の横柄な態度はどこへやら、狼狽えて反射的な叫びをあげた。

「貴様が名刺を置いてったんだろうが。その若さで耄碌したか?」

 ほれ、と左手を向けてからかうように煽った。

 それを見て更にあげる悲鳴じみた引き攣った声。

 とてもあの横柄で図々しく怒鳴り散らして騒いでいたヤツが出す声とは思えなかった。その醜態にちょっとは気も晴れようところだが、いくらなんでも大袈裟すぎないか?と、怪訝な顔で墨田を見遣る。

「そそそそれ、今まで生きてたやつはいいいいなかったのに……っ」

 ひぃひぃ引き攣りながらも叫んだセリフに、そういうコト、と俺は脱力した。

「ふぅうううん? 俺を殺すつもりでこの式神もどきを置いてったのか? もしかして、このやり方で、女も殺ってんじゃないのか?」

 首を絞めたりしてきた何か。

 ふと思い出してカマを掛けてみたんだが、墨田は腰を抜かしたようにへたり込んで震えだした。

「どどどどうしてそれをををっ?」

「どうしてじゃないっ、俺こそどうしてって訊きたいわっ」

 釣られてわめき声をあげてしまい、いかんいかんと言葉を飲み込む。

 ひと息ついて、右手でネクタイの結び目に指を掛けて緩めた。

「これは後だ。うちの便利屋ふたり、どうした? 無事なのか?」

 この質問で我に返ったのか、ひぃひぃ言っていた声も落ち着き、ゆっくり深呼吸をして、廊下の壁に手を突きながらも立ち上がった。

「あいつらに何かしてたら、死んだ方がマシってな目に遭わせてやろう」

 今の俺のにんまり笑いは、こいつには邪悪な悪魔に見えたかも知れない。

 再び引き攣った声をあげているところへ、神沢が追いついてきた。

「墨田さんっ……いったい何をしたんですか」

 神沢が現れると、墨田の態度がまた豹変した。

「お前だよっ、お前がいけないんだっ」

 恫喝するような最初にこいつに会った時のような態度が垣間見える。

「お前がいきなり御島さんに連れて来られてからだっ。俺の仕事を取っておいて、何も知らないイイ子ちゃん面しやがってよぅっ」

 なにそれ。

 俺は白けた表情でふたりを交互に見た。

「それさ、若い新入社員に居場所を取られた無能社員の嫉妬ってヤツか?」

 むかついてるのもあって、わざと嫌味な言い方をして墨田を煽った。

 無表情の神沢の後ろに、やっと上がってきた治彦の姿。

 エントランスに戻ってエレベーターで来るかと思ったが、直接上がってきた……にしては、息を切らしている様子もない。廊下で遅れていたのにな、と思うも、今は構っていられなかった。

「そんなコトを言ってていいのかっ? お前の仲間はこの中だが、式神に命令すればいつでも好きに出来るのだぞっ」

 煽った俺に悪態をついたようだが、やはりこいつ、無能だ。

 式神がどんな加減で発動するのかわからないが、先手必勝……と思った瞬間。


 墨田が部屋の反対側の壁に、磔よろしく打ち付けられていた。

 発声できないように口を押さえられているのか、喉を絞められているのか、呻き声すら漏らさずに、目だけ見開いている姿は異常だった。

 よくよく見れば足先も宙に浮いている。


「風間さんっ、中をっ」


 治彦の叫び声に、俺は部屋へと飛び込んだ。


 何もない広めのワンルームくらいの部屋の隅に、ふたりは縛られているでもなく、床にただ寝転んでいた。いや、寝ていた。

 寝息が微かに聞こえるし、表情も違和感はない。

 ただし、ふたりを囲むようにして、三体の式神がふよふよと、事務所で俺が見つけた時のように踊っていた。

「これだ、俺の手に張り付いたのとおんなじヤツだ」

「気をつけてください、僕が無効化しますから、それから……」

 神沢がそう言って近寄ろうとする俺を制したが、俺は左手の袖を更に上まで捲りつつ笑った。

「どうせ処理するんなら、一枚も四枚も同じだろ。こいつらにくっついたら面倒だ」

 式神を手近なところのから、素早くひとつずつ左手で摘まみ上げる。

 そいつらは最初のと同じように手にくっついて張り付いてきた。

「何してるんですかっ。そんなコトしたら風間さんが死んでしまいます……っ」

 全部手に張り付けると、俺はその手をひらひらさせて肩を竦めた。


「死なない死なない……けど、ここに英美は呼ぶなよ」


 俺の言葉に、治彦が睨みを利かせてきたが、俺は俺で睨み返した。

「その吹っ飛んだ墨田くん、貴様の仕業か?」

「だったらどうだって言うんです? 風間さんこそ、英美からどこまで聞いててとぼけていたんですかね?」

「英美からは英美本人のコトまでしか聞けなかったぞ。彼女こそどこまで知らされてるんだか」

 はん、と鼻で嗤うと神沢に向き直る。

「こいつら、起こしてくれるか? あんまりこの手で近寄るのも気になるからさ、頼む」

 わかりました、と心配そうな表情を微かに滲ませながらも、神沢はふたりを揺すってソフトに起こす。

 ふたりは眠そうに目を擦り、辺りをきょろきょろ見回していた。

「ここ……どこ?」

「あ、マスター? なんで? この人たち誰?」

 完全にただの寝坊助状態だ。

 さすがに床に転がされていたせいだろう、しきりにあちこち痛むとぼやいている。

 ふたりの安全を確認すると、俺は墨田に近付いた。そして治彦に、口がきけるようにしといてくれ、と言うと、墨田をじっと見詰めた。

「さて、墨田くん。目的はなんだったんだ? いろいろめんどくさい小芝居してたんだなとは思うが、事実だけを話せ」

 目に力を込める。

 文句を言いかけた墨田が、一瞬言い淀み、諦めたように目を伏せた。


「……そこの、御島の坊ちゃんが……困らせてやれって……ここに来るように仕向けろって……俺は、俺は悪くない……っ」


 ちらりと治彦を見遣る。

 ヤツは苛立ちを隠さずに俺と墨田を睨んだが、この式神は見せた時に驚いていたようだし、命じた以外のコトは知らなさそうだ。

 俺は先を促した。

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