8.探索
神沢は、割と近くからと言ったっきり、しばらくじっと俺の手を持ち、お札を宛てたまま、動かなかった。
ただ、集中している様子から、俺も治彦も声を掛けられる雰囲気でもなく、邪魔にならないよう、息を潜めていた。
「……っ?」
ずしりと左手が重くなった……気がした。
同時に神沢が深呼吸ひとつして、手を離す。
「たぶん、これでうまく行くと思う」
左手には、墨田の式神の上から、今度は神沢の札が重ね張りされた恰好になっていた。
「えぇと……これ、は?」
戸惑い気味に尋ねてみる。
「僕の札で制御して、式神を操ってみる。ただ、相手にも、何かされたという情報は伝わってしまったと思うから、時間はない」
俺は盛大にため息をついて手を下ろした。
「何て言うか……あんたらは相手にいろいろ伺いを立てる前に実行に移すんだな……事後報告じゃなくて、先に、これこれこうするけどそれでいいか?とか、相手の身になって考えるとか出来ないのかよ」
うんざりしているのを隠さずにふたりを交互に見ながらぼやいた。
神沢は、それは申し訳なかった、な表情を浮かべている。まぁまだ若そうだ、経験値不足なだけだろうな、なんて上から目線で済ませたが、治彦の方は違った。見るからに、何で?な表情で腰に手を当てて首を捻っている。
ダメだ、こいつ、ジョウの脳筋と違う方向で脳筋タイプだ。俺は治彦を指差して示し、軽く睨むように目を眇めた。
「ああはいはい、無駄なコト言ったな。コレが片付いたら、一度ゆっくり貴様から話を聞かせて貰おうか」
めんどくさいヤツがめんどくさそうな組織やってやがる。
とにかく今は、相手に気付かれる前に発信元へ辿り着くのが最重要ミッションらしい。
「左手を前へ差し出して下さい」
神沢は拳銃でも構えるかの如く手を前に出すお手本を示し、続けて呪いのような文言を呟きだした。
仕方がないので真似をする。
くんっ。
勢いよく左手を引かれた。
まるで繋いだ手を引かれるような、そんな感じで身体も釣られて前へとつんのめるように歩きだす、と言うより小走りになる。
「風間さん、その引っ張る先に墨田さんがいるはずです。急がないと身代わりを置いて逃げられるかも……っ」
神沢が急かしながらすぐ後ろをついてくる。
治彦はいかにも運動は苦手そうな雰囲気だったが、ホントに苦手そうだった。
入り口から遠ざかり、奥へと向かう。
途中一度曲がり、突き当たりが近付いた辺りで、左手が一瞬動きを止めた。
す、と上へと引き上げられるように動き出す。
突き当たりの手前に階段があった。
「上、か?」
「確か墨田さんが以前いた部屋が、最上階の六階に……っ」
「エレベーターか何かは?」
「エントランスのところに……戻らないと……」
振り返ると、少し遅れてこちらへ走る治彦の姿。
「運動不足だな、あんたんとこの親分は……ここ、その六階まで直接まっすぐ上がれるのか?」
苦笑交じりに問うと、神沢は真顔でこくりと頷いた。いざとなったら駆け上がるつもりはあるようだ。左手は更に、くくっと引かれる。
「あんたが離れても、コレ、反応する?」
「同じ建物の中くらいなら、届くと思う、けど」
「よし、任せた」
俺は階段を、正確には階段前の床をとんっと軽く蹴った。
次の段には触れもしない。
蹴った瞬間、俺は背中から蝙蝠羽を出して舞い上がっていた。
「あ、風間さん……っ?」
狼狽えた神沢の声を置いて、一気に最上階へ。
ちなみに、服が破損して羽が生えるわけじゃない。
付け根は濃い霧のようになってくっついている。
隙間を通り抜けるために霧状になる、その応用みたいなモノだ。
もっとも残念ながら、俺は全身霧状には出来ないんだが、得手不得手ってヤツかも知れないと諦めている。
残念ながら万能ってなわけじゃないのだ。
そこらは追々……ともあれ、俺は普通に二階へ上がるより早く、六階の床に降り立った。
降り立つと同時に日常に邪魔な羽は消す。
さて、治彦の視界には入っていたんだろうか。
俺は迷うコトなく左手が向くままに通路をひとつ曲がり、そこで足を止めた。
目の前のドアが開き、慌てた様子の墨田が飛び出してきたのだ。
「よ、お疲れさん。うちのふたりはどこにいる?」
墨田は俺を見て、お化けでも見たかのような、引き攣ったか細い悲鳴を上げた。
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