7.式神もどき
治彦は、呪いとかに詳しいのがいるから探して来よう、と応接室を出た。
便利屋の行方を知っているのは、この式神……と言っていいモノなのやら、なコレを置いていったと思われる、墨田という悪徳霊媒師だろう。
ただ、こいつを他に知っているのが治彦のいる研究所くらいで、だからといって詳しく本人を知るわけでもないようだ。
便利屋ふたりも多少は知恵も回るだろうが、式神だの扱うような相手には手も足も出ないと思うし、そう考えると、厄介なコトに巻き込まれちまったなぁ、が今のところの感想だ。
「本来だったら、人捜し頼まれる側の連中が、その行方不明ってのがなぁ……」
完全にくつろぎモードで英美が淹れたコーヒーを口へ運ぶ。
「ごめんなさい。やっぱり、最初に私が駆け込んでしまったせいで、目を付けられちゃったのかな……」
少し離れた椅子に腰掛け、しょんぼりとした顔で俯き加減に零す。
「いや、遅かれ早かれ、どこかで遭遇してたさ。そういうもんさ。面倒を避けようとすればするほど、気がつけばめんどくさいコトになってたりするんだ。君に会わなければ違う経路でこうなった、そう思っておいた方が気が楽だって」
俺は気の抜けた声で呑気そうに言ってみた。
「ありがと……」
いくらそう言われても、慰められているとしか感じないだろうし、自分がきっかけで事件に巻き込まれた人と同じ部屋と思ったら、さすがに居心地も悪かろう。
「お代わりを淹れてくれたら、戻ってくれてもいいよ。お兄さんが来るまではおとなしくここにいるし、君が必要になるようなコトにはならないんじゃないかな。それに普通の人は晩ご飯タイムってところだろ?」
言われて壁の時計で時間を確かめた英美は、ホントだ、と少しほっとした様子でコーヒーを淹れた。
何かあったら呼んで下さいね、と言い残して立ち去ったのを見届けると、俺は盛大にため息を漏らした。
ほっとしたのは俺も同じだった。
「……っつぅ……」
左手を見ると、手首周辺だけだった式神もどきが、肘との半ばくらいまで、じわじわと勢力を伸ばして広がっていたのだ。
脈打つようにどくんどくんと文様の枝を伸ばしている。
これが神経を、腱を、血管を、虫が青葉を囓っていくように、じりじりと気色悪く這い上がってきていた。
英美の、能力を打ち消す、跳ね返すという能力が、何故かコレには利かず俺の吸血鬼の身体と特性にだけ利いていた。
理不尽すぎる。
ともあれ、英美が部屋から出た途端、式神もどきの蠢きが止んだ。
俺の勝ちだな、と些細なところでガキっぽくにやつき、左手をわきわきと動かす。
やや、ごわつきはあるが、支障はなさそうだ。
シャツの胸ポケットからスマートフォンを取り出し、念の為に便利屋のふたりに電話してみるが、どちらも繋がらないままだった。
治彦が部屋を出て一時間くらいは経っただろうか。
退屈だと、つい、グロくなってきたとぼやきつつも左手に目をやってしまう。
『……たす……けて……』
ほんの一瞬だった。
声ではなく、言葉の印象でしかない何かが、閃きのように脳裏に浮かんだ。
はっとして周囲を見回すが、誰も居ない。
ふと思い立って、給湯室か何かと繋がっているっぽいドアを開けてみる。
想像通り、何もいない真っ暗な給湯室だった。
……これか。この式神もどき……。
俺は、首を絞めてきた何かを思いだした。
よくわからないが、死んでも利用され続ける存在ってのもアリなんだろうか。
参ったなぁ、とドアを閉めてソファへ戻ろうとしていると、軽いノックと同時に治彦が戻ってきた。
背後にはもうひとり、若い男がついてきていた。
「お待たせを……こちら、いわゆる陰陽師系の仕事をしてくれている、
神沢、と紹介された彼は、後ろ手にドアを閉めながら、どうも、と小さく会釈をした。
中肉中背の、Tシャツとジーンズ姿で、まだ高校生でも納得する風貌。
一見気弱そうで没個性的な雰囲気だが、やる時はそれなりにやるんだろうな、と思わせる、意志と含みのある眸をしていた。
「神沢です……その節はどうも」
ぼそっとした声音、と共に向けられた視線。
なんだか記憶にある雰囲気。
「その節……? 君たち、知り合いだったのか?」
治彦の問いに、さあ?と肩を竦めて見せたが、俺はぴんと来た。
あの霊人形とやらの方だ。
「そういえば、英美がいないようだけど……ここにいろと言ってあったのに、まったく……」
「彼女は俺が、ご飯にでも行ってきたらって帰らせたんだが、何か拙かったか?」
白々しく言ってやると、わさわさっと頭を掻いて、眼鏡のフレームをくいっと上げた。そしてちらりと俺を横目で見遣ると、仕方なさそうにため息を漏らす。
「まあいい、それよりも……風間さん、それ、神沢くんにも見せてやってくれないか? もしかしたら、仕掛けたヤツの跡を辿れるかも知れないそうだ」
「そりゃすごい。そいつのところに、うちのも居るかも知れないしな」
俺は上着を脱いでソファに放ると、シャツの左手を肘までぐりっと捲り上げた。
「ちょ、さっきはそんなには……っ」
口元を手で押さえて険しく眉を寄せる。確かに見た目がどんどん悪くなっているが、なんだかその反応は不愉快というか、俺の身にもなれと思うんだが、仕方ないか。
だが、その口元を押さえる仕草がなんとなく英美と被って、ああ兄妹なのは間違いなさそうだ、などと呑気に考えてしまった。
神沢は、失礼、と治彦を避けて前に出ると、俺の手を取った。
「これは……確かに、墨田のやりそうな……」
医者が触診をするような手つきで触れ、侵食されて紙の色と書かれた文様の色やらいろいろ混ざって気持ち悪くさえなってきた手を凝視している。
んんと、と何やら腰に下げたシザーバックから取り出した。
お札だ。
それを何か呟きながら俺の左手に、貼るように重ねる。
うん、うん、とお札と喋っているかのように相槌を打つと、ぼそりと言った。
「……割と、近くから、念を飛ばしている気がする……」
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