6.研究所
通された応接室にはすでに英美がいた。
「ごめんなさい、また何か迷惑を……」
ソファからいったん立ち上がった英美は、夏らしいワンピースにカーディガンを羽織った涼しげな出で立ちだった。
「お前はとりあえず、ここに居てくれればいい……と、さて、風間さん、どうぞ」
奥の長いソファに勧められて腰を下ろすと、英美はサイドのソファに、向かいに治彦が腰掛けた。
「彼女がここから出たがったのが、今の態度だけでもなんとなくわかるな」
軽く眇めた目で前を見遣る。
治彦は何のコトだかってな顔で眼鏡のフレームをくいっと押し上げただけだった。
「ただの立ち会いで居てもらうだけなので。理由は追々。それで、お越しいただいたご用件は何でしょうか?」
英美がいる理由はなんとなく想像ついた。
異能力を打ち消したり弾いたりするという、英美の能力だ。
俺の素性がわからないから、異能力持ちで何かされたらって時の保険なんだろう。
だったら俺の手の式神っぽいのも自然に剥がれないかと期待したが、残念ながらそうはならなかった。何か違いがあるのだろうか。
いやそれどころか、その張り付いたモノが気持ち悪くなってきていた。これは相殺されないのか? じわじわと侵食されるような気持ち悪さ。これは探り合いなんぞしてないで、さっさと話を進めた方が良さそうだ。
「さっき言った、霊媒師だか何だか名乗ってたヤツの素性……は、この際もうどうでもいいか。ここ、なんなんだ?」
ぐるり、殺風景な周囲を見回して、単刀直入に尋ねた。
治彦は、だろうな、とばかりに質問に頷いた。
「ここで何しているのかわかれば、いろいろ解決しそうな気がするんだが」
目を眇めて軽く顎を上げ、見下ろすように治彦を見遣る。
「風間さん……顔色がすぐれないようですね? 具合でも悪いのでは?」
「元々、血の気のない顔だって言われてる……て、それはどうでもいいから……ええっと……御島治彦さん? ここでは何をしてるんだ?」
そうは答えたが、気分が悪くなってるのは事実だった。
式神が張り付いた手には、蟻が這うよりゆっくりじわじわと何かが侵食してくる。
違和感が激しくなって、自分の手の感覚じゃないようにも感じ始めた。
とりあえず、多少は喋りたくなるようにと、吸血鬼本来の能力である誘惑にも似た誘いを込めて治彦を見詰めた……が、ちりっと項にイヤな感覚を覚えて引いた。
英美がこちらを見て口元を押さえる。
治彦も気付いたらしく、考えるように視線を一度落として肩を竦めた。
そして次に視線と顔を上げた時には、口端に小さな笑みを浮かべていた。
やや相手を見下すかのごとく、冷えた眼差し。
俺の解釈で言い換えれば、虚勢を張るコトにしたらしい。
「そうですね……あなたみたいな人……と言っていいのかな、いわゆる、ただの人間じゃない人、何かの能力がある人の拠点と考えてくれればいいでしょう」
思ったよりもあっさりと吐いた。
「で、風間さんの用事は、それに関係していると見てもいいんですね?」
俺は俺で、よくできました、と薄く笑って尋ねた。
「ああ。さっき言った、墨田って言う自称霊媒師、ヤツの居所、その他、知っているコトを知りたい。苦情が多くて出て行ったってコトは、ヤツがやっているコトにここは関与していないのか?」
「残念ながら、ここに登録しているだけ、みたいな人もいるにはいて……彼もそのタイプだから、あまり詳しくは把握してませんでしたね。もっとも彼は彼でここの事は詳しく知らないでしょう」
「そいつは困ったな……」
俺は右手で髪を掻き上げてため息をついた。
「なにかあったんですか? 我々でなにか出来るのであればお手伝いしますが?」
「……うちの者ふたりが行方不明になってる」
そう、俺だけならなんとでも出来るが、あいつらになにかあったら目覚めが悪くなる。
「それは、いっそ警察に届けてもいい案件なのでは?」
俺はため息をついてずっとポケットに入れて上着の陰にしていた左手を出した。
自分でも見てはいないままになっていたソレは、皮膚に融合するように張り付き腫れて、なにやら書かれた文様が更に血管のように浮いてきていた。
グロテスクに育ってる。
「おそらくその墨田ってヤツが置いていった式神みたいなのが、コレだ。部屋からいなくなった代わりに、これが置かれていて、手に取ろうとしたら、張り付かれた」
言いながら、治彦の前に差し出すようにして見せた。
へぇ、と物珍しそうに身を乗り出して覗き込んだ治彦は、眉を寄せて思案していたが、緩く頭を振って姿勢を戻した。
俺も手を引いて、軽く膝の上に置く。
「俺をここに呼びつけたくてやったのかと思ってたんだが、そういうわけじゃないのか?」
「まさか。正直、気にはなったけど、事件を起こしてまでは、ねえ……こことは関係なく、墨田が勝手にやったのは間違いないですよ……にしても、それ、平気なんですか?」
少しばかり気持ち悪そうにしつつも、ちらちらと視線を向ける。そういや英美は、と思って見ると、申し訳なさそうに、でも、気持ち悪いのは隠せないってな顔をしていた。
まぁ仕方ない。
「はっきり言って気持ち悪いし、ほっといたらこいつに乗っ取られるんじゃあって感触もあるんだが、目的がわからない以上は、うちの、便利屋ふたりが見つかるまではほっとくしかなさそうだ。で、名刺にあるここへと来たわけさ」
治彦は、なるほど、と頷いた。
「わかりました。霊媒師系の知り合いも少なくない。片っ端から連絡を入れて、便利屋さんたちの行方と確保に全力であたりましょう……ただ、あなたのその手は、本人にしか解けない呪いのような気がする……」
「なぁに、あのふたりが確実に無事とわかったら、自力でどうにかするさ」
「……自力で……どうすると……?」
俺はいかにもお気楽そうに、にんまり笑った。
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