7.正体
俺と雅巳とジョウはみんなして椅子にもたれて、どうしよっかモードに入ってしまっていた。
本来部外者で今度はこちらの事情がわからない英美は、困惑したままも、きょとんとしている。
「そういえば、マスターさん、なにかしようとしてました、よね? 私の能力は意図して使うことも出来なければ、使わないようにすることも出来ないんですよ。勝手に発動していて気付かないこともよくあって……」
「ああ、なんかちりちりと変な感じがしてた、アレだろ? 話を聞いた後だと、いろいろ納得するよ」
俺はため息ひとつ零して、人間じゃあないな、と嗤った。
「異種族ってか、コレ」
俺はにんまりと笑んで口角を上げた。
歯を剥くようにすれば、目立つ犬歯……というより、牙。
「ちなみに俺個人に依頼すると、金はいらない。食事させてもらおっかな、てのが成功報酬だ。新鮮な血をさ」
そう、ごくごく当たり前な感じの、吸血鬼というヤツなのだ。
だから、戸籍とか住民票といった、あれやこれやに必要なモノがない。
そういうのを全て便利屋に頼って世話になっているのが現状だった。
牙は意識して出し入れ出来るから、見た目でバレるコトはない。顔色が悪いのと体温が周りのモノと近くなる変温動物に似た状態なのくらいが、見て触った時に不審がられるくらいだ。
あと、食事は消化出来ないみたいで基本的に受け付けられない。
英美はしばらく呆気にとられていたものの、我に返ると、え~~っ?と不満げな声を上げた。
「吸血鬼って、もっとこう、上背があって渋みがあって美形で耽美で……」
イメージと違うって言えばいいだろ、そこまで言うか?
さっきまでめんどくさそうにして、半分寝てるのかとすら思われたジョウまで肩揺らして腹抱えて笑ってやがる。雅巳も笑いを堪えて涙目だしっ。
俺は更に深くため息をついた。
「そりゃあ、百七十ちょいしかないし、ひょろいし、かっこよくはないがなぁああああっ? 言うに事欠いて突っ込むとこ、そこかぁっ?」
捲し立てて脱力すると、英美は口元を押さえて、ごめんなさいすいませんを呪文のように繰り返していた。俺は手をひらひらと横に振り、もういいと遮った。
「あの時は、得意じゃないが催眠術っぽい手段で聞き込みしようかと試みたんだ。それでバレたっぽいな」
食事をしやすいように適度に相手を惑わすのも、いわゆる吸血鬼の能力とも言えたが、実のところ元々苦手で失敗も多い。
逆に吸血鬼にはお約束の欠点、いや弱点か、それに当てはまらないところもたくさんあったりするんだが、今はどうでもいい。
「あんたの兄さんとしては、俺みたいなのは駆逐すべき敵扱いになりそうか? 雑魚扱いでどうでもいい扱いか? 気になるのはその辺だな。ヤバそうならあんたを返さない方が良さそうな気もするが……人質?」
そうは言っても、状況がなんとなく見えてきた段階で、便利屋が人捜し部分での報酬を手に入れるためには、一度帰ってもらうのが丸く収まりそうだ。
英美は俯いて考え込んでいた。
沈黙が流れる。
その重苦しくも気怠い空気を破ったのは、電話の呼び出し音だった。
親機は便利屋のモノで、俺の店に置いてある子機が鳴っているわけで、鳴るのは便利屋宛の電話である。
「このタイミング……やな予感しかしないな」
ため息とともに立ち上がった雅巳は、カウンターにある子機を取った。
もしもし~、JaM事務所ですが~、とゆっくり対応しつつ、スピーカー対応にしてテーブルの方へと戻ってくる。聞こえてくるのは無機質な声だ。
みんなに聞こえるようにと真ん中で上向けて持つ。
「まだ御島英美さんは見つかりませんか? 私どもに頼まれたご家族の方が非常にご心配なさっています。手がかりも得られないようでしたら、契約破棄と……」
一方的に喋る相手の話を、息を詰めて聞いていた英美だったが、スマートフォンを取り出して、何やら素早くメモ画面に入力して、雅巳に向けた。
見つけたから後ほど送り届けるって言って。
その場に居たみんなして、え?な顔で英美を注視した。
一瞬生じた間に慌てた雅巳はそそくさと子機を持ち直し、また逃げられないように確保するために連れて行くのは明日になるだろう、と余裕を持たせて電話を切った。
「……えっと……いいのか?」
俺は覗き込むようにして尋ねた。
緊張から解放されたように脱力している英美は、仕方がないとでも言いたげな笑みを浮かべて、ひとつ頷いた。
「結果として、兄妹喧嘩に巻き込んだ恰好になっちゃったかも……ごめんなさいね。でも……」
訥々と話し出したが、いったん口を噤む。
通話を切った子機を元の場所に戻しに行っていた雅巳が戻ってくると、再び顔を上げて続けた。
「兄が何か、おかしなコト考えているのは確かだと思ってる、それは記憶に留めておいて欲しいんです。いつか、なにか、やらかすんじゃないかって……特に、異種族さんやそういう知り合いとかいらっしゃったら、特に……」
俺はしっかり深く頷いて、わかったよ、と返して、壁の時計を見た。
日付を跨ぐ頃合い。
初夏に近い今、夜明けは早くなってきている。英美も疲れていそうだし、少し仮眠させて明け方に連れていこうか。
カウンター奥に仕舞ってある膝掛けを持って来ると、それを渡す。
「夜が明けたら、俺が送っていく。その施設とやらに直接送り届けたら、問題のあんたの兄上どのとやらに会えるのかな?」
にんまり笑って問いかける。
たぶん……とやや確信は持てない様子で膝掛けを受け取った英美は、ソファお借りしますね、と、壁と椅子の背にもたれて丸くなった。なんだかんだで疲れもピークだったようだ。
「俺らもいったんお開きにしようか。続きがあるなら、あんたらの事務所に行くけどどうする?」
「そこまではいいよ、俺も眠い……てか、マスターが行くなら、うちの名刺、名前入れて渡しとくよ。それと、成功報酬、きちんともらってくるんだぞ」
「あ、ひどいや、雅巳ちゃん~」
「ひどくない、当然だろ。マスター疑ってるんじゃなくて、もう払ってあるとか言われても誤魔化されるなよ? そっちも含めての話だよ」
肩を竦めて笑った雅巳は、ホントに眠そうな欠伸を漏らした。
行くぞ、ジョウ、と、すでにうとうとしかかっていたジョウを引っ張って、雅巳たちは隣の事務所へと帰っていった。
あいつらも事務所兼住居になっている。借りた時に、24時間対応出来て仕事が捗るコトだろうとからかって怒られたものだ。
ソファに寝そべる英美からすでに寝息が微かに聞こえているのを確かめると、ドアの鍵を取り出して、二重ロックした。これで鍵を使わないと内側からもドアは開けられなくなった。こっそりと抜け出されてもまためんどくさいしな。
俺も派手な欠伸をして、自分の居室に戻るコトにした。
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