6.相談
ドアの外の気配は消えていない。
俺は店の電話を手に取ると、隣の便利屋にかけた……とは言っても内線だ。
便利屋の子機がここにある状態なのだ。うちには電話がない。特に連絡が必要になるのはそれこそ隣の便利屋くらいなのである。たまに客から不便だと言われるが、それなりの知り合いにはスマートフォンの番号を伝えてあった。
どうしたマスター、とイラついた声音で出た雅巳に言った。
「外にあんたらの、おそらく依頼主かその関係者がいるっぽいんだが、いったんそいつらを偽の情報でも掴ませて追っ払ってもらえないか? ちょっと事情が見えてきそうなんだが、あいつらが邪魔なんだ」
細かい説明は省いたが、勘のいい雅巳は、了解、と短く答えて動いた。
ドアの前で外の様子を窺っていると、出て来た雅巳と何か会話を交わした追っ手がばたばたと慌ただしく去って行くのがわかった。
とんとん。ととんとん。
軽い連続ノック。
俺は英美をちらりと見遣ってからドアを開けた。
「マスター? いったいなに……え~っ?」
俺の背後に英美の姿を見つけ、普段は脳筋のジョウを落ち着かせる側の雅巳も、素っ頓狂な声を上げた。
続いて入って来たジョウの方が、あれぇ~?なんで~?と軽い反応だったのは、雅巳の方が、簡単だと思って引き受けたつもりが手がかりも掴めずイラついていたせいだろう。
「話は聞かせてもらえるんだろうね……?」
じろりと下から見上げるように睨む雅巳を、まぁまぁと手で制す。
「俺も細かくは何もわかってないんだ。今のところは匿う代わりに話を聞かせてもらうコトになってる。ただ、きな臭いのは追っ手の方だと判断した……案外それは雅巳も同感なんじゃないのか?」
腕組みをして唸る雅巳と、恐縮した風な英美、おなかもすいた~とぼやくジョウをテーブル席へと誘導した。
トレイに冷たい水を汲んだグラスを乗せてテーブルへ戻る途中、そっとドアを開けて外にクローズドの札を掛けて施錠する。
すっかり外は暗くなっていた。
いつもなら開店している時間だが、今日は臨時休業だ。
六人掛けのテーブルに、ジョウと雅巳が手前に並んで座り、奥の壁際席の真ん中に英美が座っていた、というかおそらく逃げられないよう奥に座らされたという恰好だった。雅巳は俺に隣に座れるようにと詰めてくれたので、結果的に1対3のまるで尋問するかのような状況だ。
「なぁなぁ、せめてもうひとりくらい女子がいたら、一見は合コンだよな~」
相変わらずひとり脳天気で楽しそうなのが微笑ましい。
誰も同意してくれないのに唇を尖らせて黙ったジョウは、難しい話は任せたとばかりに、椅子の背にもたれかかって完全に聞き手に回った。
さて、と軽く組んだ腕をテーブルに載せ、前のめりになった雅巳が口火を切った。
「君が御島英美さんで間違いないね? そして、探しているのは……? こちらではご家族だと聞かされていたんだけど?」
英美も、洗いざらい話して、まとめて味方になってもらった方がいいのかも、と思ったようだ。もっとも、味方とは言ってみたが何が味方で敵なのか、正論はどちらかなんてまだわからないのだが。
彼女は、落ち着いて、ぽつぽつと話し出した。
「探していたのは、たぶん、兄の部下みたいなものです。隣町に、社名もビル名も書かれていない建物があるの、ご存じですか? インターの傍の雑木林の奥なので、気にしていない人がほとんどじゃないかと思います……」
はてさてと首を捻った俺だったが、雅巳は知っていたらしい。ああ、と英美を凝視したまま頷いた。確かに普段は自動車やらに乗らない俺は、インターチェンジとか自動車道には縁がない。さすが便利屋、と突っ込んだら横目でぢろりと一瞥された。こいつ的には茶々入れ禁止な雰囲気らしい。
「兄はそこの施設の創立に手を貸していて、というか、所長さんの相談に乗って組織の立ち上げを提案したんです。その所長さんは、なんというか、いわゆる予知が出来る人らしくて……」
ほう、と俺と雅巳の好奇心が反応した。
「このままだと、能力的に勝る異能種……異種族が、いずれ人間を凌駕して、最悪滅亡させてしまいかねない……そんな予感がしたんだそうです。それで、異種族を淘汰する必要がある、と……」
「君のお兄さんは、どちらの側なんだ? 人間なのか、なにか力があるのか」
複雑な顔で訊いてから、ちらりと俺を見る雅巳に、苦笑いで返す。
「兄もなにか能力があるらしいんですが……私が居ると、打ち消されたり跳ね返ったりしちゃうらしいんです。なので、私はその能力を見たり経験したりは出来なくて。だから本当は、私がいない方がいいんじゃないかとも言ったんですが……組織を立ち上げる話が出た頃から、今度はいない方が困るとか言われるようになって……」
考え考え話しているが、自分でもよくわからないコトを説明するのは難しいだろうし、聞いてるこちらはもっとわかりにくかった。
「ん~……あんたがいないと力を押さえられないほど強いのか……? いやでもだったら、異種族淘汰だの能力持ちには不利になるテーマで組織を作ろうとか、思わないか」
「そうなんです、説明がしにくいのは、何を考えてるのか理解できないから頭で整理できなくて」
眉尻を下げた情けなさそうな顔だった。
「だから怖くなって、少し兄から離れてみたかったというか……言ってしまえば、家出したんです」
英美の兄・治彦にはなにか能力がある。いわゆる異種族に括られる存在。
なのに、その異種族が増えるコト、人間を凌駕するコトについては、危機感を覚えているようだ。
英美はその能力を察知する、弾く、無効にする能力がある。
本来なら、いっしょにいたら兄は能力を使えないはずだから、いない方がよさそうなものだが……能力がない方が……?
「異種能力がない、ただの人間である……方が、都合がいい……?」
まさしく俺が呟こうとしたコトを、雅巳が先に声にした。
英美がはっとして顔を上げた。
「人間のふりをして異種能力をうまく使って他の異種族を消していけば……いずれ自分の取り巻きだけで組織を作り、今度は人間を能力で支配するとか……人間のふりをするのに、周囲の能力を打ち消せる彼女がいれば……」
ぶつぶつと考えながら更に続けた雅巳は、俺と英美の視線に気付いて両手を、ないない、と言いたげに振った。
「なんかあれだな、言うだけは言える典型的な厨二病って奴だな、これ」
ははは、と乾いた笑いで視線を逸らそうとする雅巳に、いや待てよ、と俺は背もたれに身体を預けた。
「そういうヤツ、案外といるもんだぜ。てか、普通に派閥争いのひとつと捉えれば珍しくないさ。いざとなったらどっちにでも立てる、言いたくないが、蝙蝠的なヤツな」
ふたりが今度はこちらを向く。
「そうなると、英美をいったん返して、敵ではないと平和的にアピールしておくのも手だし、或いはこの予想に基づいて、英美は預かった、組織について公表されて困るなら俺らにも美味しいとこ寄越せってな取引に転じるか?」
「そうか……マスターは微妙な状況になるかもか……ハンパに敵認定されるより、面倒に巻き込まれるの回避になるんだろか?」
あ~、と頷きつつ雅巳も背もたれに背を預け脱力ポーズになる。
「俺らは手を引いて、マスターに任せようか?」
英美は、困惑の表情で俺を見た。
「マスターさんは……いったい……?」
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