5.能力
俺は店の内鍵を掛けた。
カウンターを片付けながら、英美に手招きする。ぎこちない動きでカウンターのスツールに座り直すと、どうしよう、と頬杖をつくようにしてその手で顔を覆った。
表情が見えないと声を掛けるタイミングが計りにくいなぁ、などと思いつつ、氷をグラスにからから詰める。
かたん。
わざと音が立つように冷たい水が入ったグラスを英美の前に置くと、その音にぴくりと肩を震わせ、そろりと手を顔から離してこちらを窺うように見上げた。
しばらく無言のままグラスの縁を唇に押し当てた恰好で、困ったような顔をしてじっと目の前の空の灰皿を見詰めていたが、こくり、水で口を湿らせると、グラスを置いて顔を上げた。
開き直ったようにも受け取れる所作だった。
「あの人たち、知り合いだったのね」
「まぁ、古い腐れ縁だ……てより、追ってたのがあいつらだったとはな。あいつらも人捜ししてるとは言ってたが、まさか、なぁ」
苦笑いで返す。
「途中で、マスターさんもグルになってるのかと疑心暗鬼になっちゃった。ねぇ……どっちつかずの中立の立場だと思ってて大丈夫、なの?」
さてどうしよう。
今度は俺がそんな顔をしているだろう。
彼女を助ける義理も義務もない、どちらかというと旧知のふたりを取るべきだ。先に聞いていれば俺にも報酬のおこぼれは貰えてたかも、だしな。
しかし、どこかしっくりしない。
話も聞かずに放置しておいたらその火の粉が次はこちらに飛んでくる、そんな予感が拭えなかった。
俺はひとつ深呼吸し、咳払いで英美の視線をこちらに向けてから、目を合わせて畳みかけるように尋ねた。
「あんたの兄さんのやってるコトって、なにかヤバいコトなのか? 研究所みたいなって、いったい何やってるわけ? 最初に訊いたよな? 異種族の存在を信じるかって。そういうコトなのか? あんたが、もしくはあんたの兄さんが?」
じ、と英美を軽く睨むくらいの勢いで問いかける。
ちりり……。
奇妙な空気が一瞬周囲を覆った。
ごくごく微量の、静かにしていなければ気付かなくてもおかしくないほどの静電気にも似た感触。
え?と周りを見回した俺の反応に、英美が目を瞠った。
「マスターさん……人間じゃあ……ない……?」
俺も思わず目を見開いて英美を凝視してしまった。
どうしてわかる……?
「人間じゃないって……ちょい待て、何を根拠にそうなるんだ?」
待て待て待て、俺が焦ってどうする、更に問い掛け直して平静を取り戻す。
はぁ、と溜め息交じりに両手で前髪を掬い上げて後ろへ流しつけつつ、ネクタイとシャツの襟元を緩めた。
いきなり直接尋ねられるコトは基本的はにない。まだそこまで実在が浸透しきっていない上に、場合によっては誹謗中傷扱いになりかねない、前にも言ったようにデリケートな問題だからだ。
英美はというと、少し引き気味でこちらを見詰めていた。
「……巻き込んじゃいけない人を巻き込んじゃった、かも……」
ふるふると小刻みに頭を振り、ごめんなさい、と呟いた。
なんだかめんどくさいコトに巻き込まれちまったんじゃあ、と俺は俺で天井を仰ぎ見る。
「あ~、もし人間じゃないとしたら、どうなんだ?」
「兄と、敵対関係になっちゃうかも……」
「異能種排斥運動とか、裏で最近派閥ができてるとか、噂はあるが……もしかして、そういうの……?」
説明に悩んでいるようだった。
案外本人も把握しきれていないのかも知れない、そんな気がした。
ただ、おろおろと視線が泳いでいる。
どんどんっ。
鍵を掛けただけで外にクローズド看板を出さなかったせいか、開かないドアを乱暴に叩く音がした。
マスタぁ~?と聞こえるのはジョウの声だ。
俺は英美にこっそり耳打ちした。
「あいつらはただの人間だ。そこは保証する。開けるか、居留守か……俺はどっちでもいいけどな。あんたが判断して鍵開けるなり、このまま諦めて帰るまで放置するなりすればいい」
丸投げした。
どうするだろうと見守っていたが、英美の反応は予想したどれでもなかった。動けないのか、小さく身を竦めて自分の腕を抱いている。
居留守するか?と尋ねると、違う、と呟いた。
「あの人たちじゃない……あの人たちの声を出してるだけ……兄の直接の追っ手よ、これ」
「え……?」
俺は間抜けな声を上げた、が、また感じたちりちりとした空気。
「なぁ、この変な感触、あんたの仕業か? なにかしてるのか?」
英美の瞳にやや力が戻ってしっかり見据えて頷いた。
「私の能力みたいなモノ……能力を弾くらしいの。だから、周りで何か異能力を発動させてると時として弾いてしまうらしいの……外の追っ手、何らかの力を使って便利屋さんの真似をしてるみたいね、だからわかる……」
俺は肩を竦めた。
さっき質問を飛ばしてた時、得意じゃないけど多少は操る系のテクニックを使っていた、だからバレたんだ。
少しずつほぐれてきた。
そういえば、便利屋はここの合い鍵も持ってはいるんだ、と思い当たった。本当に急用があれば、それを使おうとするはずだ。
「とりあえず、あんたから具体的な細かい話をしてもらうってのを条件に、一時的にでも追っ手を撒こう……それでいいかな?」
英美は大きくこくこく頷いた。
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