4.依頼
英美はポケットから取り出したスマートフォンを弄り、いくつかの写真を見せた。
そこに映っているのはひとりの男だった。
まあまあ優男で、眼鏡を掛けてインテリっぽいけども気弱そうな印象だ。
年の頃は便利屋たちより少し上だろうか。ニットセーターにジーンズという地味なイメージは、英美に似てなくもない。背景や等身からは中肉中背か。
送って、と指をスライドする仕草で勧められ画面を流していく。何枚もあるその男の写真を見ていくと、地味めで気弱そうな最初の写真のイメージとは全く違う表情を映した画像も出て来た。
白衣を纏い酷薄な笑みを口端に乗せて薄ら笑っている写真には、おいおい?とツッコミを入れたくもなったが、そこはおいといて、スマホを英美に返す。
「こいつは……?」
英美はスマホを仕舞うと困ったような顔でぽつりと言った。
「兄の……
あらら。
俺は口元に指先を宛てて、そう声に出しそうなのを止めた。
「兄妹喧嘩の末の……てとこか?」
「普通の家庭の喧嘩だったら、子供じゃないんだから出て行けば済む話だけど、兄は仕事の上でどうしても私が必要だって。でも、私は兄の仕事を快く思っていなくて。あまり表立って言いたくない企画なの。だから……」
「逃げるしかなかったってか」
俺は椅子の背にもたれかかると、宙を見上げて腕を組んだ。
世間的によろしくない仕事……?
「自宅、或いは仕事場はこの近所なのか? それとも離れたここまで逃げたのに突き止められている状態?」
「隣町に作った研究所みたいなところに、住み込みみたいな形で暮らしてたの。兄からあまり……物理的に離れられると困るからって」
わけがわかんなくなってきた。シスコン? シスコンなのか?と腕を解いてコーヒーを手にしかけたところで、外の階段を下りてくる気配を感じた。
客じゃない。
俺はテーブル席を囲む仕切りの陰に身を潜めるようにと目配せと手振りで示して、テーブルの上を片付けだした。
からららん。
入ってきたのは隣の便利屋ふたりだった。
雅巳はむっすりと眉根を寄せて、ジョウは欠伸を噛み殺しつつの顔で、共通してたのは溜息交じりだったというところか。
「いらっしゃい……て、冴えないな。お仕事難航中ってか?」
ふたりはカウンターに腰掛けて、同時に「しっぶ~いコーヒー」とぼやくように呟いた。ちょうど英美のいるテーブル席には背を向けた状態で好都合だが、だらだらされると面倒かもなと肩を竦めた。
俺はリクエストに応じて苦みの強いコーヒーを念入りに淹れた。
便利屋ふたりは気分を代弁した「しっぶ~いコーヒー」をホントに出されて更に渋い顔をしている。うげぇ、と舌を出して、ジョウがカウンターに突っ伏して嘆いた。
「なぁなぁマスター、ここら辺でふだん見かけないタイプの、地味めだけど可愛い女の子、知らない~?」
「ジョウ、それ、大雑把すぎだよ」
「人捜しって、それか?」
前にちらりと漏らした時に、もしやと思いはしたが都合の良すぎる偶然だと無意識にスルーした。案外ビンゴ?
「見かけないタイプったって、確かにそんな大雑把すぎる説明でわかれってのはあんまりな無茶ぶりだな。ま、ここに来るタイプってんなら地味めな女は除外かもだけど」
実際うちに来る客は、飲み屋の帰りの酔い覚ましとか、お水の帰りが少なくない。
古い知己と知り合ったばかりの女。天秤に掛けて女を取ったらただの女たらしかもだが、兄ってヤツとその仕事に好奇心を擽られた。そして、最初に訊かれた異能種の件にも引っかかるモノを感じていた。
様子を見た方が良さそうだ。
「写真とか預かってないのか?」
グラスやカップを拭きながら尋ねてみる。
ふたりは再びため息を零して首を振った。
「あったら最初に見せてるさぁ。なんかさ、見せてはくれたけど、持ち出すのはちょっとって言われた……タブレットで見せてくれたけど、プリントアウトはダメなんだってさ。もしもの時の情報流失が~とか言ってたけど、聞き込みにめちゃんこ手間暇かかるってぇの。そんなに大事なら牢屋にでも入れとけだよなっ、なっ?」
ジョウは雅巳に同意を求めるが、雅巳は更に深くため息をついた。
「あああああ、もう、そんなのその場で変って気付けよ、だから謝礼ふっかけてやったんじゃないか、まったくもう、この脳筋がっ」
ぺらぺらぺらっとまくしたてると、俺に向いて、目線で、そういうコト、と訴えかけた。
「あんまりため息ばっかりだと、幸運も逃げてくって言うぜ? それより、依頼したヤツに興味出てきたな、それ。写真が外部に出るのもイヤだったんだろ?」
話を少し逸らしてみると、少し表情を曇らせた雅巳がコーヒーカップを両手で持ってぼそりと言った。
「アレ、人形っぽかった……」
「人形?」
「そう、感情の起伏もなさそうで、淡々としすぎてて、身内の者って言ってはいたけど、なんて言うか……違和感だらけなヤツだったんだよ。でも、写真もなしに探せってのも無茶振りすぎるだろって言ったら、ちゃんと料金は弾むとか、会話は合わせてきてたから、操り人形よりは人間くさかったし……」
その時、英美が隠れているテーブル席の辺りで何かが動く音がした。
雅巳が言葉を止めてぴくりと視線を動かす。そのまま振り向き立ち上がろうとしたところで、俺はにんまり微笑んで言った。
「落ち込んでるっぽいし、今日はおとなしくツケといてやるよ。お仕事がんばれ~」
はっ、と動きを止めた雅巳は眉を顰めたが、ジョウに「帰るぞ」と促して扉の向こうに消えた。
確実に事務所へ入ったのを耳をそばだてて確認すると、テーブル席の方へ向かう。
「……というわけだ? 辻褄は合ってる感じかな?」
ひょいと覗き込むと、英美は口元を押さえた恰好でふるふるしながらこちらを見上げて頷いた。
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