エピローグ「失敗作は語らない」
◆
「――とまあ、こんなところかな」
そう話を締めて、一つ息を吐く。
長い話だった。そこそこ時間も経っていたようだ。あたりを見回せば、騒がしいのは変わらないが、何となく先ほどよりも落ち着いているような気がする。窓から差し込む光も朱から変化し、逆にここが外を照らしているようだった。
喉が思った以上に乾いている。コップを手に取り、口をつけようとしたところで、もう空になっていることに気が付いた。
「なあ、もう一杯水を――何してるんだ?」
彼に視線を向ければ、ロウソクの光を受け光るハゲ頭が目に入った。うつ伏せで表情は見えず、よく見れば細かく震えている。
もっとよく耳を澄ませてみると、あたりの喧騒の中に、小さな嗚咽が耳に入った。
「あんたまさか……泣いてるのか?」
「悪いかよお!」
「うおっ!」
飛び上がるように彼は顔を上げる。ひどい顔だ。もともと厳ついその顔は涙と鼻水で何とも汚い。思わず顔が引きつりそうになるのを何とかこらえた。
「だってよぉ……メルちゃんかわいそうだろ! 苦しんで、大切な人に殺されるなんてよ……」
「メルちゃんって……。ま、確かにそうかもな」
「アリウスだってメルちゃんを守りたいだけなのに!」
「……ああ、そうだな」
ただ聞いただけの物語にここまで感情移入できるのは彼が優しいからなのか、それとも酔っぱらっているから涙もろくなっているのか。
なんにせよ、こんなに共感してくれて悪い気はしない。ありがとうという言葉を喉の奥に飲み込んだ。
「くぅ……ほらよ! 水だよ!」
「落ち着けよ……」
目元のしずくをきらめかせながら、ほぼやけくそにコップをたたきつける。中の水がその中で軽くはねた。
「フフフ……」
ふと、隣で押し殺すような小さな笑みが聞こえた。話始める寸前に隣に腰かけた三人のうちの一人だ。自分が馬鹿にされたと感じたのか、男は厳しい目線をそいつに向けた。それを受け、そいつは軽く頭を下げる。ローブのせいで、そいつがどんな表情なのかはわからない。
まあ、どちらでもいい。再び視線を男に戻した。
「まあ、気に入ってもらえたのならよかったよ」
「気に入ったよ! もう大好きだよ!」
「おお、おう、そうか……」
こいつはこんなやつだったのだろうか。見た目のイメージとギャップがありすぎて、少し戸惑ってしまう。
「いや、それにしても遅いな……」
なんとなくこれ以上この話はよくない。そう感じ、話を逸らそうとそうつぶやいた。
だが、その時。
「――それはアリウスのほうじゃない?」
聞きなれた、透き通るような声がした。それは決して大きな声ではなかった。喧騒にかき消されそうでも、不思議と俺は一言一句はっきりと聞き取れた。
「っ! おま、えは……」
それは隣から聞こえてきた。隣に座ったローブを被ったやつの一人。
俺は勢いよくフードを脱ぎ、白髪が揺れる。こんなもの邪魔なだけだ。一刻も早くその姿を目に焼き付けたかった。
そいつ――いや、彼女はフフッと小さく笑みをこぼすと、そのローブのフードを脱いだ。
「あ、ああ……」
言葉にもならない声が漏れだした。今日会うとわかっていたのに、実際に会うとこんなに戸惑ってしまうなんて。
フードが脱がれ、空色の髪があらわになる。今まで何度も目にしてきた、その髪は相変わらずきれいだ。少し長さが増している気がした。
「メル……」
「うん……」
彼女の――メルリア・アビゲイルの名を口にすれば、ふわりと彼女は笑みを浮かべた。その笑みが愛おしくて、自然と手が伸びる。この場所の空気のせいか、そのきめ細やかな肌は熱を持っていた。こそぐったそうに身をよじるその姿も、今となっては懐かしい。
「ちょっとちょっと、ボクもいるんだけど?」
「私もですわ!」
「ミズキと、サラベルか……」
奥の二人もフードを脱いだ。彼女らも、何も変わっていなかった。記憶の中にある、彼女の姿のまま。
「アリウス」
まっすぐメルがこちらを見つめていた。その表情は柔らかい。
「久しぶりだね」
そう言ってメルは、嬉しそうに、だがそれでいて恥ずかしそうに顔をゆがめて笑った。
◆
「アリウスは遅いって言ったけどさ、遅いのはアリウスのほうだよね」
メルと肩を並べ、月夜の下を歩く。ミズキとサラベルは何か察したのか、俺たちの一歩後ろを何も言わずについてきていた。
裂けやを出て、村からももう出て、俺たちの便りとなるのは月明りのみ。薄暗くて俺からもメルからもお互いの顔はよく見えない。だがそれでいい。こんなだらしない顔なんて、見られたくはないのだから。
「力をつけるなんて言って私たちと別れて……もうどれくらいたった?」
「……それについては何も言えないな」
きちんと答えるのなら三年だ。
それほどの間、俺はカーテディアという町にいた。衛兵生産工場と揶揄されるほどに、衛兵の育成が盛んな街だ。そこで訓練を積めば、俺も強くなれると思ったのだ。
「俺はもう能力がないからな。実力をつけないといけなかった」
「私たちはそんなこと思ってないのに……」
「俺がそうしないといけないって思ったんだよ」
だがメルはまだ納得がいっていないのか、不満気に唇を尖らせる。
あの時俺はメルを殺した。だがそれこそが作戦だった。
彼女はあの時俺の能力を持っていた。俺の能力は死ねば体の除隊がリセットされる。その状態は、能力の持ち主が思う自分の姿が基準になる。
考えるまでもなく、メルの体はメルのもので、エルサのものではない。結果としてエルサは消えるか追い出され、能力によって生き返ったメルの体にはきちんとメルが残った。
だがそこで問題なのが、不死の能力はメルのものではない、ということだ。だから一度その能力を使った時点で不死の能力は消える。俺は自殺用の剣を持つだけの、ただの一般人になった。
だからこそ俺は強くなりたかった。
「メルを守るには、俺は弱すぎたんだ」
成長した俺がメルより強いなんて思いあがってはいない。いまだにきっとメルのほうが強い。それほどに転生者というのは一般人よりもはるか上にいる人間なのだ。
でもそんなこと関係ない。他でもない俺がメルを守りたいから。
少し前に進んだ。振り返り、正面からメルを見据える。
「メル。俺はきっとまだ弱い。でもどうか。足手まといになるかもしれないけどどうか。お前を守らせてくれないか?」
メルの表情は変わらない。彼女もまた、まっすぐこちらを見つめ返してくる。
そして彼女は、フッと笑った。
「いやだ」
「……え?」
唖然とする俺にかまうことなく、彼女は俺に近づいてくる。先ほどよりも冷えた手で、俺の手を取った。
「忘れた? 私だって、アリウスに傷ついてほしくないんだよ?」
「あ……」
「だからさ、私も守るよ。守られるだけでも、守るだけでもない。私たち、一緒に守りあおう?」
そういって彼女は笑みを深めた。
ああ、確かにそうだ。そうだった。彼女だって守られるだけの存在じゃない。彼女はこんなにも、強かった。
「……ああ、そうだな」
「忘れてるようだけど、ボクたちももちろんそれに入ってるんだよね?」
「うん! もちろん!」
「そうかい。良かったね、サラベル。もう仲間外れにならずに済みそうだよ」
「別に今まで仲間外れになったことはありませんわ!」
「あははは」
メルは大きく笑うと、再び俺の横に並んだ。
そこでふと、「そういえば」なんてミズキが声を上げた。
「なぜアリウスはあそこで話を終わりにしたんだい?」
「あそこ?」
「メルが能力を発動させて生き返ったって話にすればよかったじゃないか。わざわざあんなバッドエンドにしなくてもよかったんじゃないかい?」
「ああ、そのことか」
興味があるのか、メルもこちらを見ていた。なんとなく照れくさくて、俺は前だけ見て彼女に視線は向けない。
「大した理由じゃない。本当にあの話はあそこで終わりだからな」
「ん? どういうこと?」
「あのとき失敗作の俺は死んだ、ってことだ」
能力も消えて、失敗ばかりだった失敗作は死んだ。
俺はあの時、確かに生まれ変わったのだ。
能力によってじゃない。いつものようにじゃない。
確かに死んではいない。でも確かに俺は変わった。
「失敗作の俺の話はあそこで終わりってことだよ」
「……そうかい」
ほほえましいものを見るような笑みをミズキは浮かべ、それ以上は何も聞こうとしなかった。だが逆にメルは疑うように眉を顰めている。
「んー……本当にそれだけ?」
「ああ、そうだよ」
「メル。アリウスがそう言っているんだからもういいんじゃない?」
「うー……じゃあ、もう、いい。それでいい」
プイとメルはそっぽを向いてしまう。俺はそれに苦笑いを浮かべるしかない。見ればミズキもサラベルも似たような表情を浮かべていた。なんとなく彼女たちにはバレてしまっているのかもしれない。でもそこに突っ込んでこないのは、彼女たちなりのやさしさなのだろうか。
「そう拗ねるなよ」
「む。拗ねてないって! ほら、行こっ!」
メルはさらに歩くスピードを速めてしまう。やはり俺たちはその背中を、苦笑いしながら見つめる。
ごめんな、メル。今は勘弁してくれ。
たしかに理由はそれだけじゃない。もう一つだけある。
で も俺は。いつか、いつの日か話せることを願っている。
――メルと一緒に生きていきたい。
――だからこれから先は、メルと一緒に語りたい。
なんて。
俺らしくないし、恥ずかしいだろ?
失敗作は語らない こめぴ @komepi
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