17話「失敗作は別離した」

 俺だって覚悟はしていた。


 次から次へと転生者を殺しておいて、彼らが反撃をしないなんて思わない。そんなの楽観主義もいいところだ。

 彼らは基本協力することはない。転生者の共通点として、自分を特別と思っているところがある。前の世界から神に選ばれたというところは、確かに彼らの考え方も間違ってはいない。自分は選ばれしものと考えると、自分と同じ存在が面白くないのだ。ユーマとケジルの協力関係すら奇特なもの。彼らの間にも、ちゃんと利害関係があったからこそ成立していたのだろう。


 だから俺はここに攻めてくるにしても、まだまだ時間は合うと思っていた。

 俺たちは情報管理は徹底しているし、イブ・ロブのありかを知るやつはいない。だからすぐに攻めてくることはない――なんて、これまた楽観的なことを考えていた。


 だが現実はそうはいかなかった。


 いつだって終わりは突然やってくる。



「アリウス!」


 突然俺の部屋の扉を開け、ミズキが飛び込んでくる。夕飯を食べ、やることもやって、あとは寝るだけといった時間だったこともあり、俺はひどく驚いていた。

 ベッドから体を起こし、彼女に視線を向ける。彼女には珍しく、眼を見開いて切羽詰まったような様子だった。なにが彼女にそんな表情をさせるのか見当もつかない。


「どうした?」

「……殺された。殺されたんだよ、魔物が」

「なに?」


 思わず俺は聞き返した。少し信じられなかったから。だが間違いではないらしい。彼女の深刻そうな表情がそれを物語っていた。

 現実逃避するのはやめよう。小さく息を吐き出す。


「どこでだ?」

「森の入り口だよ。戦い始めてから殺されるまで、一分とかからなかった……!」


 悔しそうにミズキが零す。

 隷属というのは主人と対象の魔力をつなげる儀式だ。だから主人は対象のことが離れていてもある程度は感じることができる。生死なんてものは、真っ先に。

 この森の魔物をほとんど隷属している彼女が言うならそうなのだろう。

 俺は思わず頭を抱えそうになった。

 魔物自体は殺されることは少なくはない。しかも森の入り口なら、腕試しとかでどこかの衛兵が一、二匹殺していくこともある。

 だが一分もかからないというのは、明らかに以上だ。

 となると、殺した犯人も限られてくる。


「もう来たのか……転生者!」


 間違いない。この森の魔物を殺したのは転生者だ。

 はやい。いくらなんでもはやすぎる。その転生者がどんな能力かにもよるが、予想よりもはるかにはやい。この前スズラに警告されてからまだ三日と経っていないのに。


 ――いや、落ち着け。


 パニックになりかけた頭を落ち着かせるため、深呼吸を数回繰り返す。すると頭が冷えていくのを感じた。


 とにかく逃げないと。基本失敗作よりも転生者のほうが強い。敵の人数、能力がわからないまま戦うなんて、自殺行為だ。


「……逃げるぞ」

「うん、わかったよ」


 ミズキは何も言わなかった。それが最善だと彼女もきちんと理解している。

 ベッドから降り、ミズキを連れて部屋から出る。その先では先にミズキから話を聞いていたのか、サラベルとメルが俺にすがるような視線を向けていた。

 メルのその表情は最近何度も見たものだ。俺たちが転生者殺しに出かけるとき、決まってあの表情を浮かべている。


「アリウス様……どうしましょう……。迎え撃ちますか?」

「いや、正直俺たちに勝ち目は薄い。逃げるぞ」


 サラベルとメルの表情が少し明るくなった。転生者との闘いをなるべく避けたいというのは、ここにいる人間に共通しているらしい。とくにメルの顔色が一番よくなった。そんなにうれしいというのか。気まずくて思わず顔を逸らした。


「じゃあ、ここイブ・ロブは捨てるってこと?」

「いや、これを使って逃げる。この森は広いし、魔物も大量にいる。森の入り口で魔物が殺されたのがさっきなら、まだここまではこないだろう。それにこいつは捨てるには惜しすぎる」

「そう。うれしいね」


 こんな俺たちに適した拠点、今後手に入ることはないだろう。

 安どの息を漏らしたのはミズキだった。その能力のせいか魔物に愛着を持つ彼女からしたら、イブ・ロブもその対象なんだろう。


「さっさと逃げよう。イブ・ロブ。どこでもいい。遠く、町から離れたところまで――」


 ――行ってくれ。

 そう言おうとした時だった。

 ドガアッ!! といった爆音が空気を揺らし、地面が大きく揺れる。

 おぉぉおおお!! とうなり声のような、叫び声のような轟音が鳴り響いた。


「きゃあっ!」

「メル!」


 メルが小さく悲鳴を上げ、倒れそうになる。俺は反射的に彼女のもとに駆け付け、その華奢な体を支えた。


「大丈夫か?」

「うん……ありがとう」


 特にケガはないようでとりあえず安心する。

 が、いつまでも安心しているわけにもいかない。メルの無事を確かめたところで、すぐに頭を切り替えた。


 今のはまさか転生者の攻撃だろうか。

 いくらなんでもはやすぎる。転生者といえども、魔物に阻まれながらここまでこの短時間で到達するなんて、いくら何でも不可能だ。

 そう考えるも、頭のどこかではもしかしたらなんて考えてしまう。

 転生者のむちゃくちゃさを俺は知っている。彼らならもしかしたらなんて、どうしても考えてしまう。


 その時その考えを裏付けするかのように、正面の扉が強くたたかれた。ガンガンガンと扉を破壊せんとするくらいの勢いで。実際破壊しようとしているのだろう。木製の巨大な扉が悲鳴を上げていた。

 その瞬間、そばのメルの体が大きく震える。

 やつらが来た。

 背に嫌な汗が浮かぶのを感じる。


「アリウス……」


 その声は恐怖でひどく震えていた。吹けば消えてしまいそうなほどに弱弱しい。

 それを慰めるように、彼女の肩に手をのせた。やはりその体は細かく震えている。


「大丈夫だ。俺が守ってやる」


 俺の声は、自分でもわかるくらいに震えていた。


 やめろ。怖がるな。メルを守ると決めたんだろ? これくらいで恐怖してどうする!


 いくら相手が得体のしれないやつであっても関係ない。俺はメルを守るとあの時決めたのだ。


 腹を決め、扉を睨みつける。その向こうを射殺すくらいの意思を籠めて。すこし扉に近いところにいるサラベルとミズキも同じようにしていた。


「やるぞ。ミズキ、サラベル。メルはどれかの部屋に隠れてろ」

「…………」

「…………」

「ミズキ? サラベル?」


 なぜ何も返さないのだろうか。彼女らの表情はこちらからは見えない。だが背中からは異様な雰囲気を感じ、思わず生唾を飲み込んだ。

 なんだ? 彼女たちは何を考えている?

 言いようもない不安がどんどん心の中に積もっていく。


「アリウス様。逃げてください」

「――っ」


 サラベルはこちらに視線を向けることなく、淡々とそう告げた。

 一瞬何を言われたかわからなかった。乱れかけた気持ちを落ち着かせ、彼女の背中に向き直る。


「ああ、逃げる。だからお前たちもいくぞ」

「そういうことじゃないんだよ」

「……どういうことだ」


 わかっている。彼女たちが何を言いたいのか。でも俺はそれを認めない。認めたくないから、わからないふりをする。

 でも彼女たちはそれを許さない。


「君がわからないわけがないだろう? そんなに君は阿呆なのかい?」

「……そんなわけないだろ」

「心配してくれるのは素直にうれしい。でも前に行ったよね?『一番大切なものを見失わないでね』って」

「…………」


 それを言われると何も返せなくなる。それを察したのか、クククとミズキの背が揺れる。


「そうですわ。ここは私たちが何とかしますので、メルさんとアリウス様は先に行ってください」


 思ったよりもずっと俺は衝撃を受けているようだ。なんて、他人事のように考える。

 だが反論しようとも思わない。それが最善だとわかっているし、彼女の声にこもった覚悟を考えれば、そんなことできなかった。

 メルも同じように衝撃を受けているようだ。隣で息をのむ音が聞こえた。


「そんなのっ、できるわけない! 逃げよ? いっしょに」

「メルさん……無理ですわ。森の入り口からここまでかかった時間からして、だれかが足止めしないと確実に追いつかれます。そうなれば――」

「――全滅。それは避けられない」

「――ッ」


 メルの顔色が悪くなる。そうなったときのことを想像でもしたのだろうか。

 追いつかれれば全滅。それはすぐに思いつく結果だ。勝てる可能性がないとは言わないが、基本失敗作は転生者よりも弱い。勝てる可能性はゼロに近い。


「なら私が残る! みんなで逃げて! 私だって能力を持ってる! だから残るのは私でも――」

「メル!」


 俺が遮れば、彼女の肩がビクンと跳ねた。


「俺たちはお前を守りたいんだ。そんなこと言うな」


 向こうでは扉が悲鳴を上げていた。大きいとは言っても所詮あの扉は木製だ。もうヒビも入り、いつ崩壊するかわからない。その焦燥感からか、自分の言葉はやけにとげを含んでいた。

 幸か不幸か、彼女は「うん」とうなずく。とはいえ、やはりどこか不満気だ。まだ彼女の中で仲間を置いていくことに整理がついていないのか。

 だが整理をつけてもらうしかない。もう時間がない。


「……まかせたぞ」

「ええ。任せてください」

「わが主の命令なら、遂行するしかないね」


 そう零す彼女の背中が頼もしい。

 彼女たちなら大丈夫だ。彼女たちも弱くはない。倒せ、というわけじゃない。足止めだけだ。少し時間を稼いで、逃げてくれればいい。

 大丈夫。死にはしない。


 何度も自分に言い聞かせる。


「もしお互い逃げ延びたら、この前スズラとあった場所で落ち合おう」

「了解しましたわ」

「またね。生き延びよう。お互いに」

「死なないでね! ミズキ! サラベル!」


 互いに言葉を交わし、背を向ける。

 壁まで歩き、イブ・ロブに穴をあけるよう告げた。すると人一人通れるくらいの穴が開く。ちょうど正面扉の反対側で、襲撃者は皆扉を攻撃するのに忙しいのか、こちら側に人はいない。メルを連れ、こっそりそこから外に出た。

 俺たち二人が出ると穴はふさがり、ミズキとサラベルの姿が見えなくなる。その直前、扉が崩壊する音が聞こえた。


「ミズキ……サラベル……」


 地面を見つめ、メルがポツリとこぼす。そこには後悔の念がこれでもかというくらいにこめられていた。

 なんとかしてあげたい。気が付いた時には彼女の手を握っていた。


「あいつらなら、大丈夫だ」


 俺にはそんな気休めにもならないことを口にするくらいしかできない。

 拳を強く握る。悔しさで歯を食いしばり、奥歯が軋んだ。

 自分に力があれば、こんなことにはならなかったのに。こんな気持ちにさせないですんだのに。

 力のない自分が、こんなにも恨めしい。

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