16話「失敗作は止まらなかった」
「ねえ、聞いた?」
「なにを?」
「また転生者様が殺されたそうよ」
「また!? ここ最近で何人目よ」
「少なくとも五人は言ってるわね」
「そんなに……怖いわねぇ」
街を歩けばそんな話が耳に入ってくる。今の世間は次々と起こる転生者の暗殺でいっぱいだ。魔物の森から郊外の町に来ても、そのうわさが耳に入らないことはない。誰もが名も姿も知らぬ敵におびえ、それをごまかすように口を動かす。
それも無理はない。今まで転生者とは人々にとっての英雄であり、無敵の正義だった。そんな彼らが次々と何者かに殺されているとあっては気が気じゃないだろう。
少し寂れた通りを歩きながらそんなことを考える。すれ違うまばらな人々の顔は心なしか暗い。この町は俺たちの拠点から一番近いこともあって何度か訪れたことはあるが、いつもより雰囲気が曇っている。それが自分のせいだと思うと、心が締め付けられるようだ。
「アリウス?」
隣を歩くミズキが俺の顔を覗き込んでくる。
またあの事を気にしているの? と、まっすぐ俺に向けられた視線は語っている。
「大丈夫だ」
前を向いてそう告げる。何がとは言っていない。だがそれでミズキにとっては十分だったのだろう。「そうかい」とだけ口にして再び前を向いた。
「アリウス様。なぜ今日はここに来たんですの?とくに買うものもありませんし」
「理由か……俺もよくわからないんだよなぁ」
「はい?」
意味が分からないといった様子で首をかしげる。特にその態度は腹に立たない。というのも、俺自身も意味が分からないからだ。
「らしくないね。なにか予感でもしたのかい?」
「まあそんなところだ」
「おや。本当にそうなのかい」
何がおかしいのかミズキはククと喉を鳴らす。
ああどうぞ笑ってくれ。自分でも馬鹿らしくなるような、俺らしくもない理由なのだ。
本当になんとなく、今日ここに来れば知りたい情報がわかると確信していたから。そのくせして誰が教えてくれるのかとか、そもそも誰かに教えられるのかとか知らないのだから、結局は予感どまりになってしまう。
そんなあいまいな理由で、俺たちはこの町に来ている。
ここにきてもそのよくわからない予感しか頼るものはない。だから結局今その予感に従って、頭に浮かんだ場所に向かっているのだ。
町の門からまっすぐ伸びるここのメインストリートを進み、たどり着いたのは大きな広間。どの町も基本は同じつくりになっていて、ケジルに襲われた場所と似ている。少し違うといえばあそこは違い少しだが人がいるということだ。デート中のカップルだろうか。一組の男女が肩を寄せ合ってベンチに腰かけていた。
「…………」
彼らになぜかサラベルはうらやましそうな視線を向けていた。いや、なぜかというのは不適切か。なんとなくは理解できるが、あいにくそんなことを口にすれば隣のミズキがうるさそうだ。
「サラベル。行くぞ」
「は、はい! すみません」
跳ねるように肩を震わせ、彼女は少し先にいた俺たちのもとに小走りで駆け寄ってくる。
目的は前方にある、背を向けて並べられた、二つの木製ベンチだ。四人は座れる程度の大きさの、長椅子だ。そこに座れば何かの情報が得られる……らしい。
サラベルが俺たちに追いつき隣に並んだところで、ミズキは彼女をニヤニヤと楽しそうに見つめていた。サラベル、俺、ミズキの順で並んでいるから、サラベルは俺が壁になって気づいていないが、俺からはよく見えている。
「サラベル? 彼女たちを眺めてたけど何かあったのかい?」
「へ!? べ、別に何もありませんわ」
「フフフ。ボクにはわかるよ。うらやましいとか思ってたんだろう?」
「あなたには別に考えを読む能力解かないでしょう……。それにそんなこと、別に……」
「そんなに照れる必要もないよ。考えてたんだろう?あそこにいるのが自分とアリウスだったらなぁ……なんて」
「そ、そんなことありませんわ! 別に、うらやましくなんか!」
なんでもいいが、挟まれている俺はどう反応すればいいのだろうか。内容がないようなだけに口をはさむのもなんとなくはばかれて、ただ照れ臭くなるだけ。
サラベルとミズキがああだこうだしている間に目的のベンチに到着した。
そのまま腰掛け、思ったより古いのかギシリときしんだ。
続いて右隣にミズキ、左隣にサラベルが腰掛ける。ミズキはいつも通りだが、サラベルは先ほどの話を引きずってるのか、いつもより距離を開けている。それをミズキは、やはりニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら眺めている。
「どうしたんだいサラベル。ほら、チャンスだよ。あの人たちと同じことができる」
「だから羨ましくなんてないとっ!」
「フフフ。じゃあ別にしたくもないと?」
「その通りですわ!」
「そう」
相変わらずミズキの表情は花が開いたように明るい。
ミズキは首の鎖に触れ、俺を見て薄く笑った。
それを見て俺は確信した。あ、これ巻き込まれるな、と。無駄と分かりながらもせめてもの抵抗として、彼女たちから視線を外し前を向く。
「じゃあボクがやらせてもらうね」
トンと、右肩に軽い感触。次いで甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「は?」
そんな声を漏らしたのはサラベルではなく俺だった。反射的にミズキに視線を向ける。するとすぐ目の前に黒髪があった。その奥から妖艶な笑みを浮かべたミズキの瞳がこちらを上目遣いで見つめてくる。暖かい風が吹けば彼女の黒髪が揺れる。チクチクと都とえられた毛先が首をくすぐり、またしても甘い匂いが立った。
俺たちは豊かとはいえず、身だしなみには最低限しか気を使えない生活をしているのに、なぜ彼女はこんなにもいい匂いがするのだろうか。なんてどうでもいいことが頭に浮かんだ。
「あ、あなた!」
サラベルが悲鳴のような声を上げる。俺も責めるような視線を向けたが、彼女はどこ吹く風。退こうともしない。
「なんでそんなことしているんですの!?」
「なんでって……ボクはあのカップルを見て羨ましく思ったからね。実際に行動してみた次第さ。なに、君は気にしなくていいよ。何も思わないのだから」
「グググ……」
ミズキが何か言えば耳元で声がして何ともくすぐったい。
恨めしそうなサラベルの視線を受けたミズキは、「おお怖い怖い」なんて思ってもいないことを口にしながら、スススと俺との距離を縮め喉を鳴らす。
そしてさらに悔しそうにするサラベルを見て、楽しそうに笑っていた。
「……あのな、俺を巻き込むなよ」
呆れたような、責めるような視線をミズキに向けた。
一応注意するようなことを口にするも。
「巻き込むなんて、そんなこと言うかい? 別に今言ったことは嘘じゃないよ」
なんてことを言われれば、顔が熱を持ち顔を逸らしてしまう。その先でサラベルと目が合い、彼女はさらに悔しそうにした。
「わ、わたしもしますわ!」
「……勘弁してくれ」
頬を朱に染めながら彼女はそう宣言する。
その時だった。
「はっはっは。あいかわらずじゃのう。いつでも楽しそうじゃ」
「っ!?」
慌てて振り返る。そこには一人の少女がいた。
――どういうことだ。俺たちが座った時には確実に誰もいなかったぞ! 座ってからもそんな気配はなかった!
「いいのう。そなたたちを見ていると、わしも笑顔になってしまう」
俺たちの座っているベンチに背を向けるようにしておかれたベンチに腰掛け、見かけからは違和感しか感じない話し方。背後のベンチに座りながら体をこちらに向け、白髪を揺らしながらにやりと笑っていた。八重歯をにゅっとむき出した愛嬌のある笑い方だ。
彼女の顔を見て、彼女の声を聴いて、すべての疑問が霧散した。
なぜ彼女はいきなり現れたのか。当たり前だ。彼女は
そう自覚した途端に、ここにくるまでのよくわからない予感についても疑問は消えた。彼女が関係しているのなら、何の不思議もない。
「相変わらずだな、スズラ」
スズラ・マラガット。
俺は監禁中、もしくは運よく逃げ出せた失敗作を数人知っているが、彼女ほど悲しい欠陥を持つ失敗作を俺は知らない。
彼女の能力は透明化だ。言葉の通り、彼女は自分の姿を消すことができる。
いや、それは少し違うかもしれない。
ここからが彼女の欠陥だ。
彼女は自分の意志でもう力を使えない代わりに、定期的に能力が発動する。それも自分の意思とは関係なく。
「次はいつなんだ?」
「二〇分後かの。まったく、せめて間隔は一定にしてほしいものじゃ」
困ったようにスズラは笑う。だがそれは笑っていられるほど簡単な話じゃない。それを知っている俺はなんて返せばいいのかわからなくなり、結局いつも通りのあいまいな表情に落ち着いた。
「はやく話すことを話してしまおうかの。時間切れになってわしのことを忘れられてもかなわん」
「…………」
それがもう一つの欠陥だ。
彼女は姿を消している間、すべての生き物の記憶から消えてしまう。俺がここに来れば情報がもらえることを覚えていても、だれからかは覚えていなかったのは、つまりそういうことである。
この欠陥のおかげで監禁を逃れられていることも事実だが、彼女にとってそれは慰めにもならないだろう。
だが今更それについて何か言うつもりもないし、行ったところで意味もない。ここは彼女の言う通りにしたほうがいいだろう。
「ほれ。これが例の情報じゃ」
そう言って彼女は一枚の羊皮紙を渡してくる。
それを受け取り、軽く目を通す。ミズキとサラベルも覗き込んできた。
「ん。いつもありがとうな」
「まあ、わしは情報集めくらいしかやることもないしの。わしの手に入れた情報じゃ。誰に渡そうが勝手じゃろう?」
にやりと悪そうな笑みを浮かべる。実際そうなのだから何も言えないのだが。
彼女には初めて接触してきた時から情報を提供してもらっている。ミズキの居場所も、サラベルの居場所も、メルの居場所も彼女が教えてくれた。彼女には頭が上がらない。
今回――というより最近提供してもらているのは、言うまでもなく転生者の居場所だ。
「お前たちはいいとして、メルリアはどうしたんじゃ?元気かの?」
「ああ……まあな」
「……そうか。ならよかった」
あいまいな返事をした俺に怪訝な視線を向けながらも、追及はしないでくれた。
「ま、わしはお前たちのしていることにああだこうだ言うつもりはない。わしはあくまで傍観者じゃからな。ただ一つだけ言うなら――」
そこで一度区切り、俺の耳元に顔を近づけてくる。
「――転生者はお前たちを殺そうと動き始めている。やめるのなら、今のうちじゃぞ」
真剣な声色でそう警告してくる。顔は見ることができないが、真剣そのものだろう。本気で俺たちを案じてくれているのがよくわかる。
「――悪いが、やめるつもりはない」
だからこそ、俺も本心で話すのだ。
ここで安心させるためにもうしないと嘘をつくのも簡単だ。だが彼女が真剣なら、俺もそれにこたえるのが道理だろう。
彼女はそれを聞いて、「そうか」とだけ言って顔を話す。その声はやけに悲しそうで、印象的だった。
「もう一度言うが、わしは特に何も言わないしの。好きなようにやればいい」
彼女は俺たちに背を向けた。見捨てたというよりは、呆れているというような印象を受ける。
「ほれほれ。もう欲しがってたものはあげたじゃろ? 帰れ帰れ」
「帰れって……まだ一〇分くらいあるだろう。少しくらい話さないか?」
この前教えてくれた転生者についても話しておきたい。俺からしてみれば当たり前の誘いだった。
だが彼女にとっては違ったようだ。こちらに悲しそうな表情を見せる。
「……遠慮しておこうかの」
「なんでだよ」
彼女は困ったように笑いながら、口を開いた。
「――友人の中から自分が消える瞬間なんて……見たくないじゃろ?」
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