15話「失敗作は戦い続けた」

 何度目かもうわからない無意識からの帰還。体中にべたりと張り付くような悪寒は慣れることもない。死ぬことに対してなんとも思わなくなってしまったことを恐ろしく感じながら、汗なのか頬を伝う液体をぬぐった。


 余裕ができてあたりを見回してみる。

 よくある貴族の寝室だ。柔らかいじゅうたんに、馬鹿でも高額とわかるような家具たち。ところどころの燭台にロウソクこそあれど火は灯されておらず、大きなガラスの窓からは月あかりが差し込む。

 疲労感からかやけに体がだるい。息を吸えば、むせ返るほどの血の匂いがする。それもそのはず。この部屋はもう血で染まったところばかりで、元々あった高貴さなんて見る影もない。といっても、これらはすべて俺の血だが。


「なんだよ……なんなんだよ! お前は!」


 突如静寂の中に怒号が響く。

 冷静さなどかけらもない。感情に身を任せたその叫び声の主に視線を向けた。

 それは一人の青年だった。深夜という時間を考えて寝間着だろうかラフな服装に身を包み、床に座り込んでベッドに背を預けている。赤く染まるわき腹を抑えながら、額に汗を浮かべ憎々し気に俺を睨みつけていた。

 俺はそれを無感情ににらみつける。動けないというほどのケガでもないが、おそらくこいつはもう何もできない。身構える必要すらなかった。


「俺の能力は最強なんだ! 傷を負うなんてありえない!」


 醜く敗者は吠える。こいつは転生者だ。やつの能力――完全防御は確かに強力だった。どれだけ攻撃しようが斬りつけようが、すべてはじかれる。まるで何か固い壁が、彼の体を薄く覆っているように。


 ――だが、それがどうした?


 転生者の能力も絶対じゃない。そこには魔力量という限界も確かに存在する。

 なら魔力切れを起こすまで攻撃し続ければいい。はじかれている間に攻撃されようが関係ない。どうせ死ねばすべて元通りだ。

 能力が切れればあとは簡単。実際目の前の男は少し傷を負っただけでもう動けなくなっている。傷を負わないというのも考えものだ。


「お前は死ぬのが怖くないのか!」

「……怖い? 何を言ってるんだ? 怖いわけがない」


 訳が分からないものを見るような目を俺に向ける。


「それに俺は決めたんだよ。たとえ死んでもお前らを殺すってな」

「殺すって……冗談だよな?」


 引き攣った笑みを浮かべながらそう問いかけた。俺は肩をすくめることでそれにこたえる。

 それを見た男の表情は固まり、次いで憤怒に顔を歪ませる。


「ふざけるな! せっかく、せっかく生き返ったのに! 転生したのに! ここまできたのに! 死ねるわけないだろうが!」


 そう憤るが特に何をできるというわけでもあるまい。もうこれ以上付き合う必要もない。

 死剣を振り上げ、彼の目の前に立った。


「何を言われようが俺の気持ちは変わらない。転生者は殺す。それだけだ」

「やめ、やめろ!」

「この世界は俺たちのものだ。転生者よそ者は死んでくれ」


 俺は死剣を無慈悲に振り下ろした。



「終わりましたか?」


 やけに豪華な扉を開け、サラベルが入ってくる。そしてそれに続くようにしてミズキも。


「ああ」


 ミズキとサラベルの視線が俺からその足元にずれる。それを見て彼女らは安どの息を吐くこともなく、顔をしかめることもなく、ただうなずくだけ。そこには一切の感情は含まれていない。ただ淡々とその事実を受け止めていた。


「お前たちも大丈夫だったか?」


 彼女たちの役割は転生者の付き人の排除だった。例によって心は痛むがそれは外せない。その服についた血液から成功はしているのだろう。

 失敗するとは万が一にも思えないが、心配にはなってしまう。もし書いたらケガをしているのかもしれないのだ。


「簡単も簡単。転生者さえいなければサラベルの能力も使える。サラベルが動きを止めてボクがとどめを刺す。ケガの一つもないよ」

「そうか……」


 思わず安どに顔が緩む。

 言ってしまえばこれは俺のエゴだ。俺が勝手に転生者を殺したいといっているだけで、彼女たちの本心はわからない。今のところは何も言わずついてきてくれるが、彼女たちも殺しが好きなわけじゃないのだ。


「すまんな……いつも付き合わせて」


 ミズキとサラベルは一瞬きょとんと、その顔を驚かせた。それからフッと柔らかい笑みを浮かべる。


「もう……そんなこといわないでください」

「そうだね。君がそんなに気に病む必要もない。君が何を考えようがボクとサラベルは今ここにいる。それが答えだよ」


 彼女たち自身の意思でここにいる――ということだろうか。相変わらず最後の一押しはこちらに任せるようなミズキの話し方は、かゆいところに手が届かないようなもどかしさを覚える。

 結果自分が導いた答えはそれだが、何となく自分で照れ臭くなって顔を逸らした。背後からクスクスと笑い声が聞こえてきて、何ともやりずらい。

 ごまかすように咳ばらいを一つ。


「よし、それじゃあ退散するぞ」


 この家は大きい。そこらの帰属にも負けないくらいだ。もちろん使用人もいるし、付き人ではないが転生者の仲間だって住んでいる。いつ異変に気が付いてここにやってくるかわからない。

 ミズキもサラベルも異論はなさそうだ。小さくうなずき、窓まで移動して開いた。

 その瞬間、夜独特の湿って冷やされた夜風が吹き込んでくる。日も何もないだけあってこの部屋もそこそこ冷えていたが、外はやはりもっと冷えていた。

 そこまで冷たくないとはいえ、突然の夜風に体をブルリと震わせる。


「ミズキ」

「ん。了解」


 短く応答し、念じるように目をつぶった。遠くのほうで鳥の鳴き声が聞こえた。

 それがミズキが隷属し、ここまでの足である魔物だ。一言でいえば大きなカラス。行きと同じくそれに乗って帰る。


「よし、いいよ。行こうか」


 ミズキが窓に足をかけ、俺とサラベルもそれに続く。この窓は大きく、そのヘリに三人乗っても大丈夫なくらいの大きさだった。

 ふと空を見上げると、今日は満月ということに今更気が付いた。

 それが思ったよりもきれいで、少しの間見とれる。

 いつぶりだろうか。こうもちゃんと月を見たのは。なんだか感傷的になってくる。


 ――これでいいのだろうか。俺は間違っていないだろうか。


 胸に手を当て、そんなことを考える。


「どうしたんですの?」


 いきなり動きを止めた俺をサラベルもミズキも心配そうに見つめてくる。


「いや、なんでもない」


 そうですかとだけ言って、サラベルは俺から視線を外した。


 ――大丈夫。ちゃんと前に進めてる。間違ってもいない。


 それは自分に言い聞かせてもいた。それに間違っていようが、もう引き返せない。俺はメルのために戦い続けると決めたのだ。


「さあ、帰ろう――俺たちの家イブ・ロブへ」



 あの襲撃の日から、すでに二か月の月日が経過していた。

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