14話「失敗作は決意した」

 物音一つない静寂の中、メルの寝息だけが聞こえてきていた。少し傷んだベッドの上では相変わらずメルが眠っていた。ベッドのわきに置かれたロウソクがゆらゆらとメルを照らす。俺は横に腰かけ、それを眺めていた。

 メルをここまで運んだあと、広間で片づけをしているサラベルとミズキを手伝おうとは思っていたのだ。だがいざ運んで寝かせてみると、メルが本当に目覚めるのか不安になってしまう。ふと目を離したとたんに死んでしまうのでは、なんて考えてしまう。だから情けないことにここから離れられないでいた。


「……本当に気持ちよさそうだな」


 ついさっきまで惨劇の中心にいたとは到底思えない。なんだかほほえましくてフッと笑みが漏れる。

 時間はどれくらいたっただろうか。本当にただ眺めていただけだ。


 ――さすがにもう手伝いに行かないとな。


 いい加減サラベルあたりが飛び込んでくるかもしれないし、ミズキが嫌味を言いに訪ねてくるかもしれない。

 そう思い立ち上がろうとした時だった。


「ん……んぅ……」

 

 メルが小さくうめいた。次いで、ゆっくりと目を開ける。

 ちゃんと目覚めた。鼓動を刻むスピードが速くなっていくのを感じながら、「メル?」と彼女に問いかける。


「……アリウス」


 俺の目を見てそうつぶやき、心ここにあらずといった様子で体を起こす。けば立った毛布がずり落ちた。虚空に向けられた視線がだんだんと俺に向き、パチパチと二度瞬く。そして泣きそうな顔をしたかと思えば。


「アリウス……アリウス……!!」

「うおっ!?」


 俺の名を繰り返し呟きながら俺に抱き着いてくる。そして腕の力を強める。俺の存在を確かめるかのように。離さないとでもいうかのように。

 俺は一瞬戸惑いつつも、「大丈夫」とだけ言って背中に手をまわす。ここで押しのけるわけにもいくまい。

 少し時間がたった。メルも落ち着きを取り戻したようだ。


「ごめん……もう、大丈夫」


 やはり恥ずかしかったのか視線を少し下に向けながら、俺から離れていく。そのほのかに赤く染まった頬はロウソクに照らされてなのか。そんな反応をされてしまうと、俺までなんだか気まずくなってくる。消えた体温にほんの少しだけ気まずさを感じながら、それをごまかすように咳払いをする。


「ケガはないか?」

「うん、それは大丈夫」

「そうか。それで、その……なにがあった?」


 メルにとっては思い出したくない過去だろう。だが聞かないと先に進めない。ズキンと胸が痛むのを無視しながらメルを見つめる。

 予想通りメルは苦い顔をした。そして重々しく口を開く。


 簡単にまとめればこういうことだ。

 俺たちが出て行ってから数時間後。突然ユーマが広間中央の机にいたブルバのほうへ歩いていった。そしてナイフを取り出し、ブルバを殺した。突然のことにメルは言葉を失ったらしい。それをみてユーマはにやりと笑った。その瞬間、五人の見知らぬ男女が追い寄せてきて、メルを取り囲んだ。

 そこで初めてユーマは自分が転生者と語ったのだ。


「やっぱり転生者だったか……」


 俺の予想は当たっていた。彼の正体、能力、そしてえ欠陥についてまで。

 すべて見抜けなかった俺の責任だ。急に舞い込んできた情報からして怪しかったのだ。そもそもその情報はいつも俺たちが使っている情報屋からではない。情報元すら怪しいのに俺は鵜呑みにしてしまった。もっと疑ってかかるべきだった。

 自責の念が俺を締め上げ、それに耐えるように拳を強く握る。それを見つめるメルの目は不安げに揺れていた。


「アリウス……」

「――ああ、すまん。それで?」

「う、うん……あの、そんなに自分を責めないで?」

「……別にそんなこと思ってないさ。そんなことより、どうなったんだ?」


 念を入れるように語調を強くする。突き刺さるようなメルの視線が痛い。逃げるように視線を逸らす。メルは小さく息を吐くと、再び口を開いた。


「それでユーマが言ったの。アリウスたちは、ユーマの仲間に殺されてるだろうから、その……」


 だんだんとメルの眼が曇っていく。チラチラと盗み見るように向けられえる瞳から、言うか言わないかの葛藤が見て取れた。

 だが正直ここまで来て聞かないという選択肢もあるまい。言葉にする代わりにまっすぐメルを見つめ返し、続きを促す。

 メルは浮かない顔をしながらもうなずき、口を開く。


「それで、その……俺とともに来いって……」

「……そうか」


 何とか口にしたその三文字は、自分でも驚くほどに低く、憎々しげだった。それに少し震えている。シーツをきしむほどに強く握りしめていることに、遅れて気が付いた。

 どうやら俺は自分で思っている以上に怒っているようだ。

 感情をあらぶらせておいてなんだが、正直十分考えられることだった。俺たち全員を殺すつもりなら、別に俺たちとメルを引き離す必要はないのだ。そこまで考えて、そういえば出かけるのを進めたのもユーマだったなと、遅れて思い出す。

 ユーマは初めからメルを引き込むつもりでいたのかもしれない。正直何がユーマのお眼鏡にかなったのか見当もつかないが。

 メルにやたらアピールしていたのもそのためだろう。転生者はなぜか異常にモテるから、あんなものでいいなんて考えていたのかもしれない。結果として失敗しているが。


「で、だ」


 話を一区切りするため、そういってメルを見つめなおす。両手を膝の上に置き、グイと顔をメルに近づける。少し戸惑い気味にメルは体をのけぞらせた。

 今から聞こうと思っているのはおそらくメルが一番思い出したくないことだ。だからなるべく聞きたくはないが、どうしても好奇心が俺の背中を後押しする。


「メル。どうやってあいつらを……あー、あの状況を乗り切ったんだ?」


 さすがに『どうやってあいつらを殺したんだ?』なんて言えなかった。彼女を余計に傷つけてしまう気がいて。

 だがいくら言葉を変えようが、欲しい解が同じな以上そこに吹く前る意味は変わらない。

 俺の意味もない考えもむなしく、メルの顔色は一気に悪くなった。呼吸は震え、唇も青ざめている。よく見ればそのきゃしゃな体も細かく震えていた。

 まるで何かにおびえるように。


「ちが……違うの、アリウス……」

「――っ」


 意識を取り戻した時と全く同じ反応にチクリと心が痛み、息をのむ。捨てられそうな幼子のように、切迫した様子で同じ言葉を繰り返す。メルはこちらに詰め寄って顔同士の距離が縮まり、熱い息が俺に降りかかる。明らかにあの記憶は、俺が思っているよりもずっと重いトラウマになっているようだった。

 「違う違う」とただ繰り返すメルに心臓が締め付けられるようで、気が付けば俺はメルに腕を伸ばし、こちらに引き寄せていた。

 いつものメルならきっといきなりハグなんてすれば、「へ?」なんて声を漏らすだろう。

 だがそこまでの余裕すらないのか、メルの様子は変わらなかった。


「大丈夫。大丈夫だ」


 あの時と同じように慰める。かける言葉まですべて同じで大丈夫かとは思ったが、心配はいらなかった。メルは繰り返すのをやめ、「……うん」と小さく呟いた。心なしか、体の力も抜けた気がした。


「ありがとう」


 耳元でそうメルはつぶやく。穏やかなその声は、メルが落ち着いたことの証明だ。

 だが穏やかであろう彼女の心中とは相反して、俺の胸は燃え滾る炎で満ちていた。メルに顔を見られなくてよかった。きっと俺は今極悪人も肌出で逃げ出すような顔をしていることだろう。それくらい俺は穏やかではなく、怒り憎悪殺意様々な黒い感情が腹の奥でうなっていた。


 ――なぜ俺たちばかりこんな目に合う?

 ――なぜメルばかりが不幸な目に合う?


 そしてその感情はぶつけるための矛先を探し始める。

 とある結論に達するまでそう時間はかからなかった。


「――転生者」


 憎々し気に呟く。腕の中でメルがピクリと反応した。


 そうだ。すべてあいつらのせいだ。あいつらのせいで俺たちは失敗作となり、監禁され、迫害を受ける。あいつらがいるせいで俺たちは――メルはひどい目に合う。苦しんでしまう。

 ならメルを助けるにはどうすればいいのか。

 答えは決まっていた。


「殺してやる」


 一人残らず、老若男女問わないですべての転生者をだ。俺はメルを守ると、助けてみせると決意しているんだ。メルのために俺はあいつらを殺してみせる。


「だからメル。お前は何も心配しないでいい」


 慈しむように空色の髪をなでる。珍しくなにも反応しない。


 別に俺は殺しが好きなわけじゃない。闘いだってできるのなら避けて通りたい。元々俺たちの目的は、俺たちで普通に過ごすことだ。転生者を恨みこそすれ、殺すまでは考えていなかった。


 だが転生者から来るのなら話は別だ。俺はミズキを、サラベルを、そしてメルを守るために殺しつくすと決めた。


 忘れるな転生者。

 正義はこちらにある。


「――これはお前たちから始めた戦争だ」


 腕の中でブルリとメルが震えた。

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