13話「失敗作は後処理をした」

 メルの体から力が抜け、ズシリとした重みが俺の体にのしかかる。俺はそれを心地よく思いながら受け止めた。

 スウスウと穏やかな寝息が耳元でくすぐったい。でもそれが愛おしくて、思わず笑みが零れた。空色の髪を優しくなでれば、くすぐったそうに身をよじらせた。


「アリウス様。その、メルは……」

「ああ、もう大丈夫だ。泣きつかれて眠ってしまったらしい」

「そうかい。それはいい知らせだね」


 向こうからやってきたミズキとサラベルも顔をほころばせメルを見つめた。メルを大切に思っているのは俺だけじゃない。彼女らだって、メルの無事を祈っていた。

 だがいつまでも余韻に浸っている場合ではない。俺たちにもやることがある。


「――で、どうだった?」


 俺がそう尋ねれば、ミズキたちは表情を引き締めた。


「どうもこうもないよ。全く見たまま」

「一応脈や呼吸を調べましたがやはり全員死んでおりますわ」

「ま、そりゃそうか」


 おおよそ予想通りだ。あれだけの出血量、生きているほうがおかしい。そのことに関してはそこまで驚きもしない。

 それこそ、ただでさえなかなか死なない転生者でもない限り――


「そうだ」


 そこまで考えて思い出した。


「ユーマ……ユーマはいたか?」


 俺の問いに、サラベルは顔を曇らせる。


「もしかしていなかったのか?」

「いえ、いたのですが……」

「死んでたよ。他の奴らと一緒にね」


 言いづらそうなサラベルとは対照的に、ミズキは淡々と答える。その冷静さが、彼女の性格を表しているかのようだった。

 彼女は死体の一つを指さした。あれがそう、ということだろう。なるほど確かにユーマだ。血で染まっている服装は俺たちがここから出た時と変わっていないし、その髪型にも見覚えはある。間違いはないだろう。

 そしてその事実こそが、俺の予想の正しさを物語っていた。


「やっぱりユーマは転生者だったか」

「私はまだ……私たちに接触した理由もわかりませんし……」

「本人が死んでしまったのだから聞けるわけがないけどね。死体は何も話さない」

「正直やつが転生者だろうがそうじゃなかろうが、やることは同じだったけどな」


 大事なのは俺たちに――メルに敵対したことだ。その事実があり限り、ユーマが転生者だろうが失敗作だろうが変わらず俺の敵だ。


「ユーマのことはもういい。他に何かあったか?」

「いえ、特にありませんわ」

「そうだね、ボクも――いや、一つあったね」


 思い出したようにミズキが声を上げる。


「死因についてだよ」

「そういえば聞いてなかったな。あいつらの死因はなんだったんだ?」

「全員同じだよ。心臓を一突き。それによる出血死だ」

「なに?」

 

 思わず怪訝な声を漏らす。最終的な死因は見ればすぐわかることだ。だが一つだけ、違和感のある情報があった。

 前提として彼らを殺したのは、あまり考えたくはないがメルだ。そしてメルは戦闘が得意ではない。そんなメルが心臓を刺した? しかも六人全員?

 ありえない。ありえるはずがない。

 だがありえない情報はそれで終わりではなかった。

 ミズキは腑に落ちないというように小さく首をかしげていた。


「あとこれはボクにもよくわからないんだけど……刺された箇所が一致してるんだよ、全員」


 一瞬何を言っているのかわからなかった。それの何がおかしいというのか。


「ミズキさん。自分でおっしゃったじゃないですか。みんな刺されたのは心臓だったって」


 俺の疑問をサラベルが代弁する。全員心臓を刺されたのだから、刺された場所が心臓で一致するのは何も不思議なことじゃない。

 サラベルはすこし馬鹿にしたように言ったが、ミズキの表情は晴れることはない。


「それは部位の話だろう?ボクが言っているのは場所の話だ」

「どういうことだ?」

「そのままだよ。全員胸の高さ、そして中心から左に三分の一の位置を刺されている。寸分たがわずね」

「なっ!?」


 今度こそ言葉を失った。

 「もちろん体格によって少しの差はあるけどね」とミズキは付け加えるが、衝撃が和らぐことはない。

 それこそメルじゃなくてもありえない。相手だってもちろん動くし、抵抗だってする。なのに全員同じ位置を刺すなんて神業もいいとこだ。

 それをよりによってメルが?

 俺もミズキもサラベルも神妙にメルへ視線を向けた。それに彼女は気づくことはなく、気持ちよさそうに眠っているだけ。

 それを見ていると、そんなわけがないと、こんなことを考えているのが馬鹿らしくなるようだった。


「とりあえず片づけるか。俺はメルを部屋に連れていく」


 背と足に手をまわし、彼女を持ち上げた。それにしても軽い。雲を抱いているようだった。ちゃんと食べているか心配になる。


「じゃあ僕らはここの片づけだね」

「えー……なぜ私がそんなこと……」

「はいはい。文句言ってないで行くよ」


 しぶしぶといった調子でサラベルはミズキに連れられて行く。確かに喜ぶような作業ではない。あとで手伝ってやらないと。


「とりあえずメルだけは運んで――ん?」


 ふとメルに視線を向けたところで、彼女の服装に目がいった。俺絵たちが出て行ったときと同じくワンピースで、相変わらず傷を隠すため露出部は布で覆われていた。それ自体はいつも通り。

 だがある一点だけはいつもと違っていた。


「……血?」


 彼女の胸あたりに赤い染みができていた。そしてその中心はすこし破れている。

 もしかしてメルもケガをしているのかもしれない。さあっと顔から血の気が抜ける。

 思わず慌てて確認した。


 ――そこには血どころか、傷一つなかった。

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