11話「失敗作は彼女に絶望した」
もう俺とケジルの勝負はついた。まだ死んではいないが、このままでも放っておけば勝手に出血死するだろう。俺も人が死ぬところを見たいわけでもないのだ。
あとはミズキとサラベルだけだ。彼女らの方に視線を向けた。ミズキは青髪と、サラベルは赤髪と戦っている。さすが付き人と言うべきか、どちらも余裕とは行かず、どちらかといえば押され気味だ。
恨みのこもったケジルの視線を感じながら、彼の横を通り過ぎる。
そして思い切り息を吸い込み。
「ミズキ! サラベル! こっちは終わったぞ!!」
腹の底からそう叫んだ。誰もが聞き逃さないように、大きな声で。
全員の視線が俺に抜き刺さり、それはやがて背後に倒れている人影に注がれる。
ミズキとサラベル、そして赤髪と青髪の少女は正反対の感情に顔を歪ませた。
ミズキとサラベルは歓喜に。そして赤髪と青髪の少女は絶望に。
「そっか。ならボクたちも終わらせないとね」
「そうですわね。早く終わらせますわよ」
「さあ、おいで」
ミズキは再び能力を使い、スケルトンたちを呼び出した。数は先ほどよりもずっと少ない五匹。普段の付き人達ならなんてことない相手だろう。だが彼女たちは今絶望に染まっている。
そんな彼女たちを嘲笑うかのようにカラカラとスケルトンたちの骨が鳴った。
「さ、よろしくね」
軽くそうミズキが呟けば、再びスケルトンたちは付き人たちのもとに、カラカラと音を立てながら走っていく。命を奪おうとしているにはあまりにも軽い。
だが付き人たちもきちんと立て直した。まだ絶望は抜けきっていないが、動けるくらいにはなっているようだ。このままなら彼女らは助かるだろう。付き人は基本強い。彼女たちだったら、このままなら5匹程度のスケルトン、殺すのなんてわけない。
そう、このままだったら。
「抵抗なんてさせませんわ。『あなたたち、動かないで』」
だがサラベルがそうはさせない。彼女は無慈悲に命令する。その鋭さすら感じる表情をさらにゆがめながら。
途端、剣を構えようとしていた彼女らの動きが止まった。
先ほどまでサラベルが能力を使わなかったのは、転生者には効かないからだ。だが今転生者はいない。彼女を邪魔するものは誰もいない。
動かない、動けない付き人たちにスケルトン共が迫る。
スケルトンは脳がない。だから何も考えられず、ただ与えられた命令をこなす。だから何の葛藤もなく、淡々と付き人たちを攻撃した。
さび付いて刃こぼれも多く、ボロボロの剣が付き人に突き刺さる。空気を切り裂くような付き人の叫び声。それを聞きながら少しもためらうことなくスケルトンたちは追撃していく。
もういいだろうということでサラベルは能力を解いた。付き人たちは倒れこみ、その姿はスケルトンたちに隠される。ここから見えるのは骨の山と、そこから湧き出る赤い泉だけ。
「……いくぞ」
「アリウス様……」
「そう気に病む必要もないよ。……しょうがないんだ」
付き人に背を受けた俺に彼女たちが声をかけてくる。俺を気遣うような声。
だがやめてくれ。そんな声をかけられる資格はないんだ。
ミズキのしょうがないという発言も間違ってはいない。
今この世界は転生者が動かしている。そして時には転生者じゃない人が運よく転生者を殺すことができる時もある。だがその結末は大抵決まっている。仇として、その付き人に殺されるのだ。
だから転生者を殺すなら付き人も殺す必要がある。そんなことはわかっているが、そう割り切れることじゃない。
転生者には恨みこそあれ、付き人には何も思うところはないのだ。
巻き込んでしまっていると、胸が締め付けられるような感覚。自責の念が激しく迫ってくる。
「いや、やめよう」
大きく息を吐き出す。
あまり肩入れしても俺にとって都合が悪いだけだ。いざとなったときなにもできなかったら俺が死ぬだけ。
「よし……行くぞ。メルのもとに」
「ええ!」
「ああ」
とにかく今はメルのもとにたどり着くことだけを考えよう。
そう。俺にとって一番大事なのはメルに違いないのだから。
「サラベル。たのむ」
「はい。『アリウス・ベール。ミズキ・ユバス。一刻も早くイブ・ロブのもとにたどり着きなさい!』」
俺の足がひとりでに動き出す。俺はそれに逆らうことはなく、未だ後ろで攻撃され続けている付き人たちから逃げるように走り出した。
街の道を駆け抜け、人々の隙間を縫う。この街から出るのにそうは時間はかからない。門を抜ければ開けた平野が広がる。このまま北西に進めばイブ・ロブだ。イブ・ロブからここまで、足の速い魔物で一時間だった。だが今の俺たちなら30分で到着するだろう。
サラベルの能力のおかげでその速さは人間のそれじゃない。
これを狙ってサラベルに能力を使わせたのだ。
――いや、違うな。
わかっている。誰よりも俺自身が一番。
能力を使わせたのは、俺を無理やりにでもあそこから離れたかったからなのだ。
自分が散らした命から目を逸らしたかっただけなのだ。
まったく――反吐がでる。
◆
地を駆け風を切り、ただひたすらに足を動かした。
予想通り走り出してから三十分後、俺たちの住む魔物の森が見えてくる。自然と足に力が入り、歯を食いしばった。焦燥感がさらに湧き上がってくる。
早くメルの元に。
はやく。
はやく。
一刻もはやく。
前へ前へ。ただそれだけを考えてひたすらに足を動かした。
そして森に到達する。止まることなく、スピードを落とすことなく、そのまま突入した。
木々の枝や地面から飛び出た根が、凄まじい速さで俺に迫る。それを俺はほぼ反射のみでしゃがみ、飛び越え、イブ・ロブに向かって進み続ける。
森に入ってればそうは時間はかからない。ほんの数分でイブ・ロブの元にたどり着いた。それはいつもとなんら変わらずそこに佇んでいた。あの中で何か起こっているなんて信じられないくらいに。
そして俺たちの目に届いたのは、普段ならそこにいないはずのものだった。
「…………」
「う、馬……?」
俺は何も言わない。何も言えない。そいつらを一目見て、嫌な可能性が頭に浮かんで。頭が沸騰するような激情が沸き起こる。
数にして5匹。俺たちの空気なんて気にすることもなく、マイペースに草をついばんでいる。
自然の馬ならどれだけよかったものか。この森は広く、人の手が加えられていないだけあって動物の数も多い。
その馬が天然の馬、なんて淡い期待。そして希望。それをその背に取り付けられた鞍が叩き潰す。
冷静にならないと。
小さく息を吐いた。
「……ミズキ。魔物に遭遇せずここに来るルートはあるか?」
その声は自分が思っているよりもずっと低くて。
「確かにあるけど、なんでそんなこと――ああ、なるほどね」
ミズキは納得がいったようにうなずいた。だがその表情は苦い。
俺の感情に察しがいい彼女が築かないはずがない。でも何も言わなかった。何も言わないでくれていた。
「確かにあるけどかなり複雑だよ。でも、そうか。ボクの思考を読んで知ったのか」
もはやそれしか考えられない。その悔しそうな表情を見るに、彼女自身が伝えたわけではないようだ。
「とにかく、いくぞ」
もう考えていても仕方ない。目的地は目の前にあるのだ。
息を整えながら馬の横を通り過ぎ、扉の前に立つ。
この先にいる憎しみを殺すため、心の準備をする。
そして俺は重い扉を開けた。
◆
あの街からここに来るまでいくらかの時間はあった。どれだけでも考える時間はあった。ふと、嫌な想像をしてしまったりした。
でもどれだけ考えたとしても。
どれだけ想像したとしても。
きっと目の前の状況が浮かぶことはなかっただろう。
一言で言ってしまえば、『赤』い。
広間の輪郭に沿うようにポンポンと点在する六つの赤い池。その中央には見覚えのない人間が倒れこんでいる。生死はここからではわからない。
その赤は血の赤と遅れて気づいてから、あまりにも濃い血の匂いに腹の奥から何かがせりあがってくるような感覚を感じた。
そしてその中央にあるのは一つの空色。俺の何より大切なもので、俺の生きる意味。
俺が何よりも守りたい彼女――メルリア・アビライズはそこに座り込んでいた。
その手に持っているのは宝石が埋め込まれ、キラキラと輝く一本の短刀だ。どう見ても観賞用であるそれは、やはりただの短刀ではない。
あれこそがメルの神器。
それを見て思わず顔をしかめた。
もしかしてメルが戦ったのか?
メルはあれをほとんど使わない。俺ですら見たのは3,4回程度のみ。あれを出しているということは、彼女が戦ったということだ。
闘いを好まないメルがそれを出しているという事実がもはや信じがたい。
「メル……?」
自然と声が出ていた。シンとしたこの空間で、それは小さな音だというのにやけに響いた。
だがそれに反応するものはいない。ミズキとサラベルでさえも、この惨劇に言葉を失っているようだった。
他とは違い、メルの周りには血だまりはない。それだけでも思わず安どの息が漏れる程度には安心した。だがどうにもメルの様子がおかしい。俺たちに背を向けたまま座り込み、そこからピクリとも動かない。思わずメルのせいを疑ってしまいそうになる。それくらいに異様な雰囲気をまとっていた。
「……メル?」
「メルさん?」
「どうしたんだい? メル」
なんとか立て直したサラベルとミズキも俺に続いて問いかける。それでも反応しない。
おかしい。明らかにおかしい。
嫌な予感がふつふつと湧き上がってくる。自然と息が荒くなり、耐えがたい感情を感じた。今すぐ彼女のもとに走って行って、抱きしめてやりたい。そんな衝動に駆られるも、行動には移せなかった。
もしそれをしてしまったらメルは崩れ落ちてしまう。
そんなことを考えてしまうほどに、今の彼女の様子はおかしいのだ。
だがついに感情が理性を超えた。彼女のもとに駆け寄ろうと、足を一歩踏み出した時。
「フフフ……」
聞き覚えがあり、だがすこし聞き覚えのない笑い声が響いた。
一瞬思考が止まる。
それは確かにメルから聞こえてきた。
でもいろいろとおかしいのだ。声もメルと同じだが、それに重なるようにもう一人知らない女性の声が聞こえてくる。それにそもそもメルはこんな風に笑わない。
「また新しいお客様かしら?」
「何を……言ってるんだ?」
普段の彼女らしくない話し方。俺はそう返すのが精いっぱいだった。
「お客様なら……きちんとおもてなししないといけないわねぇ」
そういって彼女は地面の奪刀を拾った。薄汚れた布に巻かれた手の中で、神器は怪しく光る。
「あなたは、楽しませてくれるのかしら?」
彼女はついに振り返った。
「――っ!!」
俺は思い切り目を見開いた。それは彼女だが、彼女とはまったくの別人だった。
童顔な彼女だが、今浮かべる笑みは妖艶で、そんな印象もたやすく消え去っていく。口元も三日月にゆがみ、朗らかないつものメルとは雲泥の差だ。今のメルはむしろ気味の悪さすら感じる。
そんな正反対なメルに、胸が締め付けられるようだった。
メルはあんなのじゃない。
メルはそんなのじゃない。
お前なんて、メルじゃない。
お前は――
「お前は――誰だ!」
気が付けばそう叫んでいた。
遅れながら口を紡ぐ。
あんなふうになったメルだが、一応は仲間だ。俺の大切だった人だ。そんな彼女にこんなことを口走ってしまったことに、自責の念が生まれる。脳裏に、ショボンと落ち込んだメルの姿が映るのだ。
だが今の彼女はあっけカランとしている。それがさらに俺の心をざわつかせる。
俺の知るメルはそこにはいないのかと。目の前の彼女はメルじゃないのかと。
どんどん絶望に染まっていくのを感じた。
いつものメルはどこだ?
俺の大切なものはどこだ?
そんなことばかり考える。
「きひっ」
彼女はさらに口をゆがませる。
そしてついに。
信じたくはないが、ついに。
見たくはないが、ついに。
ついに――短刀を構え、彼女は俺に向かって突進してきた。
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