10話「失敗作は剣を交えた」

「ミズキ、どうだ」

「あっ、うん。ちょっとまって……」


 ミズキに声をかけると、彼女は察して答える。そしてしゃがんで地面に手を当て、何かを探るように砂をなでる。


「うん、行けるよ」

「なら、頼む」

「了解。『出でよ。隷槍れいそう、スレイバス』」


 ミズキがそう唱えると、彼女の背丈ほどの長さの槍が現れた。

 それは一言で言ってしまえば禍々しい。その色も漆黒で、さらに先端あたりに巻き付いた鎖がさらに異様な雰囲気をまとわせる。

 新たにミズキが神器を出したことによって、ケジルらの緊張感も上がったようだった。

 ミズキはそれを数回くるくると回転させ、自分の正面に突き立てる。


「よし、それじゃ――おいで」


 途端に、槍に巻き付いた鎖が紫に輝きだす。そしてそれらは鎖から"剥がれた"。だが元の鎖は元のままで、剥がれたほうも片方の先端だけは槍にくっついている。幽体離脱に近い現象。

 そして紫の鎖はさらに輝きを増し、何本にも分離していく。数えるのも馬鹿らしくなるほどの数だ。

 そしてそれらはすべて地面に突き刺さる。


「おい……ミズキ・ユバスは何をやっているんだ……? ここに魔物はいないはずだろ」


 どうやらケジルもミズキが何をしようとしているのか察したらしい。

 ミズキの神器はやはりミズキの能力を補助する機能を持つ。詳しく言うと、一度に多くの対象を隷属させることができるのだ。

 本来隷属は主人と隷属されるものに魔力的なつながりを作る儀式だ。普通一対一でしかできず、一対多では不可能。だがミズキの神器はそれを可能にする。


 そこまではなんとなく彼にも想像がついているのだろう。

 だが彼がわかっていないのは、隷属する魔物はどこにいるかということだ。


「何を言っているんだい? 彼らならたくさんいるじゃないか」

「は……?」


 訳が分からないといったようにケジルは息を漏らした。そしてあたりを見回す。

 だが当たり前だがそこに魔物はいない。


「いるよ。――ここにね」


 ミズキがそう口にすると、突然地響きが起こる。


「な、なんだ!?」


 ケジルは困惑の声を漏らしていた。それを見て俺も、ミズキもにやりと笑みを浮かべる。


「いるだろ。――地中ここにな」


 ボコッと、ミズキの隣の地面が膨れ上がった。そしてそこから飛び出るのは人間の腕の骨。それが一本、二本とどんどん数を増していく。

 そしてそれらは地面に手のひらをつき、グググと力を込め、地面から這い出てきた。

 「ひっ!」と、向こうの少女から小さな悲鳴が上がった。


「こいつらは……まさか……スケルトンか……!」


 正解とでもいうようにカランとスケルトンの骨がなる。こいつらはどんどん増えていき、最終的な数は三十はくだらない。それぞれ姿は少しづつ違っていた。完全なもの、腕が片方ないもの、頭がないもの、足がないもの、剣を持っているもの、盾を持っているもの。だが全てに共通しているのは、どこかに紫の鎖が巻きついていることだ。


 こいつらは過去にこの地で死んだ人々だ。

 魔力とはエネルギー。もちろん地面にも含まれている。

 いつかの対戦時代、死んで処理もされなかった死体たちが白骨化し、その骨が地中の魔力を吸収してできたのが、こいつらスケルトン。


 それにしたってこの数はそうそうない。おそらくこの場所がかつて戦場だったのだろう。

 そしてこの大量のスケルトンたちは、俺たちを守るかのように俺たちとケジルの間に入った。


「くっ……」


 ケジルたちの表情がわかりやすく歪む。先ほどまでの余裕はどこに行ったのやら。

 いや、余裕がない、戦力が拮抗し始めたというよりは、その数に戸惑っている、といったところか。

 事実こちらの戦力はそこまで上がっていない。


 スケルトンは数こそいるが、脳がないため自分で考えることができないのだ。だから全てミズキが指示を出す必要がある。


 だがまだこれでは終わらない。


「サラベル」

「はい。アリウス様。『出でよ操斧そうふ、コンタロス』」


 そう唱えて出現したのは身の丈ほどのハルバード。長い柄の先には斧、そして槍のように尖った先端が着いている。

 残念ながら彼女の神器には特に機能はない。だが機能などなくてもそれは強力なのだ。

 神器は神が作った武器。その持ち主に最適化されている。だからたとえ見た目が巨大で操る人が彼女のように華奢であろうが、思うがままに振り回すことができる。

 まあそれがなくとも女性なら、彼女たちが持つ大量の魔力の影響で彼女自身の筋肉以上の力が出せるのだが。


「『アリウス・ベール。ミズキ・ユバス。彼らを倒しなさい』」


 彼女がそう唱えた途端、体に力が湧いてきた。明らかに自分の物以上の力。それを追うように、何でもできる気がするという全能感が湧きあがる。それはおそらくミズキも同じだ。


 彼女の能力は、対象に対象自身の力じゃ抗えないほどの力を与えるものだ。ならもしその対象が命令の行動をするつもりでいたら? 答えは単純。そいつの力が増強される。単純に二倍以上に。そしてその効果は欠陥故にサラベルにも適用される。


 結果として俺たち全員の戦力の底上げにつながるのだ。


 さあ、これで準備は整った。俺は改めてケジルたちを視界に収める。彼らもまっすぐ俺たちを見つめ返してくる。


「ケジルは俺がやる。ミズキとサラベルは残りを頼む」

「ああ」

「まかせてください」

「それじゃあ――行け!」


 俺が命じれば、大量のスケルトンは一斉にケジルのもとに走り出す。ドドドドと地響きが鳴り響き、それにまじってカランコロンと軽い音が鳴った。砂が舞って、視界が一気に悪くなる。それに紛れて俺も態勢を低くして地を蹴った。ミズキとサラベルもそれに続く。追い越さないようにスピードを落としながら、スケルトンの後ろに続く。


「――いや、これは予想外だった」


 なり続ける地響きの中、ケジルの声が耳に届いた。

 その声は不自然なほどに落ち着いている。スケルトンの量は膨大で、まるで壁のようだ。このスケルトンたちの突進は向こうからしてみれば、魔物の壁が迫ってくるようなもの。それほどに自分の力に余裕があるというのか。


「だけど僕たちは負けないよ。なぜなら転生者だからね。――『出でよ。魔剣、グラミリアス』」


 俺自身も視界が悪くてよく見えないが、彼も神器を出したようだ。

 まけん――ようするに魔剣。名前からして、『魔』に関する能力だろうか。悪魔、魔法、魔術、魔力――魔に関わるものといっても色々ある。

 いや、今考えてもしょうがない。ずれかけた思考を急いで元に戻した。


「――!!」


 突然、ケジルが何かを叫んだ。何かはよく聞き取れなかった。


 そして次の瞬間――ゴアッと爆音。目の前に炎の柱が立ち上り、視界を埋め尽くす。


「――っ!」


 慌てて足を止める。そこまでスピードを出さなかったおかげ何とか止まることができた。ミズキとサラベルも無事のようだった。

 触れるものすべてを燃やし尽くすような熱気が俺の顔面を直撃し、思わず目を細めた。スケルトンたちはもちろん全滅。一網打尽だ。


 だがこれで相手の能力は大体予想はついた。

 こんな無茶苦茶な威力。間違いない。あいつの能力は――魔法だ。そしておそらく彼の神器に魔法を使うための魔力がため込まれている。

 そう考えると最初あの赤髪の少女の人間離れした動きにも説明が付く。

 俺はにやりと口をゆがませる。能力がわかったのはかなり大きな収穫だ。


 火はすぐに消えた。それほど維持できないからか、それともこの程度でいいと慢心しているのか。どちらでもいい。


 俺たちはともかく大量の魔物が一度に殺されたことに困惑して――



「――なんて、そんなわけない」



 小さく呟きながら、少し腰を下ろし脚に力を入れ、右手の剣を強く握る。


「ミズキ、サラベル――行くぞ!」


 全力で地を蹴った。地に転がる骸たちを踏みつけながら、煙の中を突き進む。

 ヒュウヒュウと風を切る音が耳元でなった。一秒とかからず煙を抜けた。そして目に入ったのは驚愕に顔をゆがめたケジルだ。


 何を驚いてるんだ? あんなもので転生者を殺せるなんてはなから考えていない。スケルトン共あんなものは、"おとり"に決まっている。


 サラベルの能力によって強化された身体能力によって、一気に距離を縮める。そして懐に入り左から右に振りぬこうとして目に入ったのは、俺に向かって剣を振り下ろさんとするケジルの付き人たち。

 その反応の良さはさすがと言える。

 でも俺は避けようとも思わなかった。そんなことをする意味がないと知っているから。


「やらせるわけ――」

「――ありませんわ!」


 俺と付き人たちの間にミズキとサラベルが入り込み、両隣で火花が散った。キィンと耳をつんざくような金属音が大気を切り裂く。

 俺には頼れる仲間がいる。あいつらが任せてといったのだから、俺は安心して突っ込める。


「シッ!」

「まだだ!」


 だがケジルも弱くはなかった。きちんと反応し、軌道上に藍色の魔剣を差し込む。

 俺はにやりと笑みを浮かべた。

 

 ――わかってるさ、それくらい。

 

 思い切り腕を振り、死剣と魔剣がぶつかろうとして。


「なっ!?」


 俺は死剣を消した。そのまま腕が宙を切り、驚愕するケジルを横目に彼の隣をそのまま通り過ぎる。

 そして片足を軸にして回転。死剣を出現させる。


 ――とった!


 時間がゆっくり流れているような、そんな感覚。

 視界に入るのは彼の背中とかろうじて横顔だけが見える。

 完全に背後をとったのだ。

 振り返ろうとしているが、どう考えても間に合わないだろう。


 ――いけるっ!


 体の回転を利用して、死剣を振った。

 それはまっすぐ彼の首に向かっていき――ガキンッ! と音が鳴った。


「は!?」


 思わず声を漏らした。俺の剣が彼に届く少し手前で止まっているのだ。まるで見えない壁に阻まれているかのように。

 目を大きく見開き、一瞬思考が途切れる。そのせいで一瞬反応が遅れた。

 目の前に迫る藍色の剣。突きがまっすぐ俺に向かって放たれたいる。

 

 よけないと。よけないと、あれが俺を貫いてしまう。


 そんな考えが頭をよぎる。


 ――だが、それでいいのか?


 避けると確実にこの闘いが長引く。そうなったらメルを助けることができないかもしれない。今は一分一秒が惜しいのだ。

 そして俺は覚悟を決めた。


 反射的に横に動こうとした体を理性でこの場に押しとどめる。

 数瞬後、首に魔剣が突き刺さった。


「がっ……ごぽ……」


 ――息ができない。痛い。痛い。傷口が熱い。死ぬ死ぬ、絶対死ぬ。助けて。もう嫌だ。なんで俺がこんな目に。


 ――いや、大丈夫だ。耐えられる。何度だって耐えてきたんだ。今回だって大丈夫。


 相反する感情が頭の中で暴れまわる。頭が破裂してしまいそうだ。

 まだ、死ぬわけにはいかない。このまま死ぬわけにはいかない。


 感情を押さえつけ、強がるようにニヤリと笑みを作りケジルに向けた。頬に何か液体が伝う。全身を走り回る激痛を押さえつけ、剣をもう一度強く握った。

 彼は一瞬勝利を確信したかのような笑みを浮かべたが、それもすぐに消える。


「しまっ――」

「…………」


 ――終わ……りだ。


 この時だけは隙だらけだった。その意識の隙間を縫うように剣を突き出す。部位を狙う余裕はない。ただ我武者羅に突き出した。

 ズブリと嫌な感触が手を伝う。その感触こそが、俺の剣のケジルへの到達を証明していた。視認して初めて、俺の剣が彼の腹に突き刺さっていると知った。

 後ろによろめいて倒れる。その時丁度お互い剣が抜け、ケジルのうつ伏せで倒れ伏せた。


――早く……早くっ!


 喉に血が溜まる。激痛と自分の血でおぼれそうになる苦しみ。二つの苦痛が俺を襲う。

 大急ぎでトリガーを何とか引いた。きっとこのままでも死ぬとは思うが、この痛みからはやく逃れたかった。早く死んでしまいたかった。

 一瞬の暗転の末、意識を取り戻す。一応喉に触れてみる。傷はやはり消えていた。さっぱりなくなった痛みに違和感を、能力の使用による慣れない寒気を感じながら、ゆっくりと立ち上がる。


「……馬鹿……な……」

「あ……?」


 唸るような、絞り出したような声。掠れ、その声からだけでも黒い感情がありありと感じ取れるような声。

 それがさっきまで余裕たっぷりだった足元の男の声だと一瞬わからなかった。


「僕が……転生者のこの僕が……失敗作なんかに……!!」


 そう言って未だ広がり続ける血の池に浸かりながら俺を睨みつける。その顔には血と砂にまみれ、以前の彼とは似ても似つかない。

 俺はそれを無表情で見つめる。決して逸らすことなく。


 正直今回は運がよかったこともある。あの時のケジルの隙はしょうがないといえばしょうがないのだ。

 彼は俺の能力を知っていたが、普通の人なら死んでいる。だから反射的に勝ちを予想してしまっても文句は言えない。


「なにもおかしくはないさ。俺は言ったはずだぞ?」


 だから俺は誹謗も中傷もしない。ただ淡々と事実のみを伝えるのだ。



「俺は言ったぞ。――『たとえ死んでも、お前を殺してやる』ってな」

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