9話「失敗作は邂逅した」

「いや、まずは素直に見事と言っておこうかな」


 俺たちが通って来た道――裏路地の方から聞こえたのは、思ったよりも若々しい声だった。

 そしてその陰から三人の少年少女が現れる。男が一人に、女が二人。今声を出したのは男だろう。

 一言で言ってしまえば、異様にキラキラした少年だった。明るく光る金髪に、整った顔立ちにはありありと自信が満ち溢れている。身につける衣服はなんというか、この世界ではまるで見たことのないものだ。

 それに男が真ん中に立ち、その両脇少し後ろに二人の少女。赤髪と青髪の少女だ。やはりどちらも容姿は優れている。その立ち姿から男が彼らのまとめ役であるとも想像できた。


「尾行みたいなコソコソしたのは得意ってわけじゃないけど、まさか失敗作にバレるなんてね」


 男にしては少し高めの声。そこまで年はいっていはいらしい。


「失敗作を見下すような態度に、その辺な衣服。それに付き従う二人の少女。――お前、転生者だな?」


 自分でも驚くくらいに低い声だった。隣の二人から視線が刺さるが、そんなもの気にしている余裕もない。

 今の俺には、自分を理性で押さえつけるのに精一杯だった。


 二人の少女は、おそらく転生者によくある『付き人』だろう。

 ほとんどの転生者には数人、女性が付き従っている。これも転生者の特徴だった。異常にモテる。そして厄介なことに大抵の場合、その付き人の実力は高いことが多い。


 俺の追及を受けた男は特に慌てた様子もなく、ヒュウと余裕そうに口笛を吹いた。それがまた俺の理性を崩していく。


「そうだね、一応僕は転生者ってことになるのかな」

「で、その転生者様が俺ら失敗作に何の用だ? まさかご挨拶とでも言わないだろうな」

「ハハハ、当たり前だろ。なんで僕が失敗作なんかと」


 途端に隣でジャリと地を踏む音がした。ミズキとサラベルだ。俺は彼女らの前に手を伸ばし、なんとか落ち着かせる。ただし彼から視線は逸らさない。


「で? お前たちは何なんだ」

「僕の名はケジル。んー……正義の味方ってところかな」

「正義の味方?」


 あっけからんと、まるでそれが当たり前のように彼は口にした。

俺は思わず聞き返す。


「そ。正義の味方である転生者の僕が、貴族の家を襲い善良な市民を殺した悪である失敗作をやっつけに来たのさ」


 俺はギリと奥歯を噛み締めた。

 何が正義の味方だ。何がやっつけに来ただ。

 確かに俺たちが悪というのは否定しない。実際に人を殺してきたのだから。

 だがそれはあいつらもだ。俺たちを監禁し、能力を自分のために使い、さらにある時は殺した。

 彼も失敗作の存在を知っているから俺たちが誰に何をされたのか知らないわけがない。


「そんなお前らが……正義だと?」


 一歩、転生者に向かって踏み出した。


「だめだそんなの。絶対に許さない」


 腹の底から這い上がったような声が出た。自分はこんな声も出せたのかと少し驚いたくらいだ。


「『出でよ。死剣・メルギウス』」


 そう唱えると手元の何もない虚空から剣が現れる。紅の、まるで血に染まったような禍々しい剣。普通の剣と違うのは、剣の腹あたりに空洞がありそこには紫色の液体が溜まっていること。そして柄の先からは管が伸びていること。さらに柄に握るタイプのトリガーが付いていることか。

 俺は慣れた手つきでそれを手に取った。するとその管は勝手に動き、俺の手首に突き刺さる。


 これが転生者と失敗作が神より与えられた武器――通称"神器"である。

 これについては転生者と失敗作間で違いはなく、だれもが自由に呼び出すことができる。神器は普通、持ち主の能力のサポートになるような機能を兼ね備えている。つまり能力に加え、この武器を持っていることが転生者の印ともいえるのだ。


「たとえ死んでも、お前を殺してやる」


 剣の切っ先をケジルに向ける。この煮えたぎるような殺意を――憎しみを、まっすぐケジルに向けて。


 だがケジルは動じる様子はない。「んー」とあきれたように苦笑しながらこちらを見つめている。その隣の少女二人もおおよそ同じだった。俺と彼らの温度差に、イラつきが溜まっていく。


「なにが、おかしい?」

「いや、そんなんだから失敗作なんだと思ってさ」

「は? 何言って――っ!!??」


 一瞬の出来事だった。少しだけ――本当に少しだけ隣の少女から意識を外したのだ。なんとなくケジルの言葉の意味が気になって。



 気が付いた時には、赤髪の少女の顔が目の前にあった。



 ――いや、違う。これは彼女の顔じゃない。


 ――これは剣に映った彼女の顔だ!


 気が付けば目と鼻の先に無機質な剣が迫ってきていた。


「くっ!」


 ほぼ条件反射で顔をひねり、体をねじる。剣は俺の顔のすぐ横を通り過ぎた。髪がいくらか巻き込まれ、ブチブチとちぎれる音がして、次いで風を切る音。

 そして――痛み。


「がっ――あっ!」


 金属のそれは肩に食い込んだ。痛みにチカチカ視界が明暗を繰り返す。いきなりの痛みに叫びそうになる。


 いや大丈夫だ。痛みには慣れているはずだ。俺は痛みには鈍感なはずだ。だから、絶えれる。


 だがこれ以上力を籠められるわけにはいかない。俺は半ば無理やり後方に飛び、距離をとる。汗なのか、頬に何か液体が伝った。

彼女は追ってこなかった。


「アリウス!」

「アリウス様!!」


 ミズキとサラベルが叫び、俺と彼女の間にかばうように入り込む。

 それをやはりケジルたちは馬鹿にしたような目を向けている。


「アリウス様! お怪我は!?」

「いや……大丈夫だ」


 目を外さずにサラベルはそう叫んだ。

 俺は肩を抑えながら、剣を握る手に力を入れる。そしてトリガーを引き、その瞬間、暗転――


「――っ」


 すぐに意識を取り戻した。そっと肩に触れる。

 傷は消えていた。


 これが死剣の機能。

 こいつは斬ればそいつは死ぬ――なんていった便利なものじゃない。要するに、"自殺用"の剣なのだ。

 この剣の中にある紫の液体は神様が作った即効性の猛毒。トリガーを引けば柄の管を通り体内に注射され、死に至る。

 そんな俺にしか扱えない、欠陥品。


 全身に悪寒が這いつくばるような感覚を感じながら深くため息を吐く。


 なんだ今のは。まるで人間の動きじゃない。瞬間移動したかのような動きだった。

 殺されるイメージが頭に浮かんだ。それを振り落とすように頭を振る。

 何を考えているんだ。勝てる、俺たちなら。転生者を殺せる。

 そう何度も自分に言い聞かせた。


 すると、ケジルが青髪の少女に何か言っているのが耳に入った。


「な? 言ったろ? いくら能力があろうが、失敗作は所詮失敗作。たいしたことないって」

「言ってくれるじゃないか……」

「事実だろ? その能力も使い物にならない。付近に魔物はいないからミズキ・ユバスの能力は意味ないし、サラベル・フルベルアの能力は転生者には効果がない。不死身のアリウス・ベールだってあのざまだ」

「なっ!?」


 驚愕の声を漏らしたのは俺かミズキかそれともサラベルか。なんにしろそれは到底信じられることじゃない。

 なんで……なんで……。


「なぜ……知っているんですの!?」


 思わずといった様子でサラベルが声を張り上げる。

 事実その通りだった。いまケジルが口にした情報は、彼が知っているはずがないのだ。


 俺たちは隠れて生きている。だから能力の詳細なんて知られているはずがないのだ。なのに彼はそれを知っている。しかもその弱点でさえも。実際に今ケジルが口にした情報はすべて正しかった。


「ま、同類、とだけ言っておこう。読心術に秀でた知り合いが教えてくれたのさ」

「読心……術……?」


 思わずオウム返しをしてしまう。

 読心術――つまり、人の心を読む術。

 一人の男が頭に浮かんだ。


 いや、そんなわけない。あいつは失敗作だ。俺たちの仲間なんだ。そいつがこいつに情報を流したなんて信じられない。


 だがそこで一つの出来事が頭に浮かんだ。

 それは森の池での出来事。あいつは何も言っていないのにメルの欠陥を知っていた。あの後能力と欠陥を説明され、それはあいつの能力で知ったのかと、合点していた。


 ――だが、少し待て。


 そこでひとつの可能性に行き当たった。

 頭から血液が一気になくなったような感覚。


 あいつの欠陥は『能力を使うと、相手にも自分の心が読まれる』ことだ。


 なら俺はあの時、あの会話の時――



 ――あいつの思考を読めたか?



「ミズキ!!」


 気が付けばそう叫んでいた。


「ブルバはどうなってる!」


 ブルバ――ミズキのペットの一つ眼カラスには面白い能力がある。

 それが隷属していれば一つ眼カラスの視界を共有できるというものだ。

 ミズキとサラベルの顔色が一気に悪くなる。俺の言いたいことが、俺の危惧していることが思いついたらしい。

 ブルバは今イブ・ロブにいる。


「アリウス様……いやでもそれはっ!」

「いいから早くしろ!」

「あ、ああ……」


 ミズキは自分の右目を手で隠す。これで今彼女の視界はイブ・ロブの中を捉えているはずだ。捉えている――はずなのだ。

 だが自分の希望はたやすく打ち砕かれる。

 右目を抑えたミズキの顔色がまたさらに悪くなった。


「ダメだ。反応がない……多分、殺された」

「そんな……」


 そうつぶやくサラベルの声は震えていた。ブルバはイブ・ロブの中にいる。そしてイブ・ロブは俺たち以外は場所を知らないはずだ。

 要するに誰が裏切り者か、もう答えは出ていた。


「ユーマ……ッ!!!」


 うなるように、かみつぶすように叫ぶ。自分の怒りの炎を滾らせ て。


「そんな……嘘ですわ……ユーマは確かに失敗作。だって彼には欠陥がっ……」

「あれも結局は自己申告だ。能力を使ってないと言えばいい」

「待ってください……ということはメルさんが……!!」


 そうだ。敵である、そして転生者であるユーマがイブ・ロブにいるなら、メルが危ないのだ。おそらくブルバを殺したのはユーマだ。この能力は話してないが、どうせ心を読んで知っていたのだろう。俺たちがあそこを出るときにはまだブルバは生きていた。ならもう彼は行動に移している。


 焦燥感が足元から這い上がってくる。蛇のように体に巻きついて、俺を締め付け、荒い息が漏れた。


 早く帰らないと。早く帰って、メルを助けないと。

 早く帰って――ユーマを殺さないと。


 己の感情に身を任せ、振り向いてイブ・ロブに向かおうと足を踏み出した時だった。


「おいおい……僕たちを忘れてないかい?」


 背後から声がかかる。


「行かせると思っているのかい? 生きて帰れると思っているのかい?」


 嘲笑を混ぜながら彼はそう俺に問いかける。ニヤニヤと笑みを浮かべ、その可能性はゼロと考えていることがユーマじゃなくてもわかるくらいだ。その隣に並ぶ赤髪と青髪の少女も同じだった。


 俺はそれに対し、特に何も感じなかった。不思議なものだ。ほんの少し前の俺ならそれに悔しさなりなんなりを感じていただろうに。メルの危険を知った今となっては、障害となる彼らをどう突破するか、どう殺すかしか俺の頭は思考しない。


「当り前だ」


 俺は彼らに向き直り、堂々と言い切った。

 行くことができる、生きて帰ることができるじゃない。そうしなければならないんだ。メルを助けるためにも。


メルを助けるためなら、死んででも生きてここから帰還して見せる。


ジャリと一歩踏み出した。俺の雰囲気から何か察したのか、ケジルは一歩下がる。両脇の少女は俺たちを睨みつけ、各々の武器を構えた。


「お前らこそ、いつまで俺たちを舐めてるんだ?確かに俺たちは失敗作だ。だからってそう易々とやられてはやらないぞ」


そうだ。帰るんだ。メルを助けるんだ。

俺の頭を支配するのはただそれだけ。



そのためにまずは――こいつらを殺してやる。

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