7話「失敗作は約束した」

 波乱万丈な人生を生きているならともかく、ゆるゆると日常を過ごしていると時間の流れは思いのほか早く感じるようで。ユーマとであってから早いものでもう2週間がたとうとしていた。

 その間特にこれといって語るようなこともない、極めて平々凡々とした毎日だった。

 普段俺たちはのんびりと暮らしている。失敗作なんて世界の異端分子であり、同類を助けるために人々を襲うなんてレジスタンスじみたことをすることもある。でも俺たちの基本のスタンスは変わらない。

 のんびりと普通の日常を送ることだ。

 もちろん転生者は恨んでいるし、なんなら殺してやりたいとも思っているが、行動には移さない。それには危険が伴うし、それくらいなら彼女たちやユーマと静かに暮らしていたほうがいい。転生者なんかと関わることなく。


 広間で中央の机の近くに置かれた椅子に腰かけながら、ミズキの入れてくれたコーヒーを一口すすった。

 素人の俺でも旨いとわかるそれに、感嘆の息を漏らす。

 コーヒーが得意でない俺でも、自然と体に染みわたってくるような自然な味わいだった。


「味はどうかな?」


 俺のと同じものを手に持ちながら俺の隣の椅子に腰を下ろす。


「ああ、相変わらずうまいよ」

「ふふ。そう言ってもらえると淹れたかいがあるね」

「まあ、悪くはないですわね」


 俺の正面――救えを挟んだ位置に同じく腰を下ろしているサラベルもそう言った。ほめているか微妙な感想であるが、監禁前――要するに幼少期、貴族として過ごしてきた彼女は舌が肥えている。加えてそう素直にほめるような性格ではない。それをミズキもわかっているのだろう。「そうかい。おほめにあずかり光栄だね」なんて嫌味ったらしくも素直に受け止めていた。


「へぇ、コーヒーはミズキがいれてるんだな」

「うん。料理は私だけど、なぜかコーヒーはミズキのほうがおいしく淹れれるんだよね。なんでだろ?」

「すこしくらいできないほうことがあったほうがかわいいって! それに、料理ができたほうが良いしな! メルリアは将来いいお嫁さんになると思うぜ!」

「そ、そうかな……」


 俺たちから少し離れたところ。壁際に置かれた長椅子で隣り合って腰掛け、メルとユーマはそんなことを話していた。

 正直そんなミズキを下にするような話、話すなとは言わないがせめて小さい声で話すべきだろう。ミズキは聞こえているだろうに、幸い特に気にした様子ではないが。

 俺はそれを見て思わずため息をついてしまった。だがほぼ同時に隣と前から同じような音が聞こえてくる。そちらに目を向ければミズキもサラベルも困ったように苦笑いを浮かべていた。おそらく俺も似たような表情をしているのだろう。俺たちは顔を見合わせて小さく笑った。


「なんなんだろうな、あれ」

「どこからどう見ても気がありますわね、ユーマさん」

「命の恩人に好意を感じるのはわからなくもないけどね。あからさますぎて少し気持ち悪いけど」


 歯に衣を着せない話し方に、思わず少し笑ってしまう。笑顔を浮かべているが、もしかしたら少し機嫌が悪くなっているのかもしれない。


「ま、そういってやるな」

「でも実際目障りではないかい?」

「確かにそうですわね。恋愛するなとは言いませんけど、周りなんて眼中にないと言わんばかりのあの様子は少し行き過ぎではありませんの?」

「なんだ? 二人ともメルを取られて嫉妬してるのか?」

「否定はしませんわ」

「彼女に同じく」


 この二人はかなりメルが大好きだ。あの童顔やしぐさが彼女らの母性本能を掻き立てている、とでも言えばいいのだろうか。彼女たちのメルに対する態度は、仲間や友達に向けるものとは少しだけ違っている気がした。どうにも彼女たちはメルに甘いのだ。いや、それは俺もか。


「で、どう思う?」

「どう、とは?」

「脈はあるのか、ってことだろう? 厳しいと思うね、ボクは」

「ああ、そういうことですの。なら私の答えは一つですわね。不可能ですわ」

「だよなぁ」


 不可能とまではいかないが、俺も意見は同じだった。第三者から見ても確実にメルはユーマにいい感情を抱いていない。それに何より――


「メルがメル呼びを許してない」


 結局それに尽きる。

 彼女は基本人を信用しないと言っても、彼女自身の性格は優しい。疑うことを良しとしない。だから始めは許可しなくても、意外とすぐに許可してくれたりする。二週間しても許可しないというのは、メル自身がユーマに思うところがあるということだ。

 普通の人なら簡単に超えられるはずの壁さえユーマは越えられていない。


「まあ、まだメルもユーマも知り合ったばかり。どうなるかはわからないんじゃないかな」

「私は無理だと思いますけどね……」

「彼も積極的にアピール? してるんだし、そうとは限らないんじゃないかな」


 サラベルは不可能と言い張り、ミズキはまだわからないと言う。ユーマに希望があるというよりは、適当に返しているような印象を受けた。

 たしかにユーマはその結果はともかく、がんばってはいるようだ。具体的にはとにかくメルをほめている。当のメルは眉を顰めているが、ほめられてうれしくないやつもいるまい。そのうちメルもプラスの反応に変わるかもしれない。

 あちらに目を向ければ楽しそうに話すユーマと、少し戸惑いながらも拒絶はしないメルが目に入る。まだぎこちないながらも、そこには俺たちの間にはない空気が漂っているようだった。

 変わるかもしれないんだが――


「んん……」


 なんとなく、気に食わない。おもしろくないし、胸がきゅっと締め付けられるような気分だった。


「まったく……なんて顔をしてるんですの?」

「ん。そんなに変な顔してたか?」


 自覚はなかった。両手を頬にあて、ぐにぐにと動かした。


「明らかに不自然そうだったね。なんだ。一番嫉妬してるには君じゃないか」

「ん? 何の話してるんだ?」


 突然背後からユーマの声。そちらを向けば、いつの間にこちらに来ていたのか、ユーマが立っていた。その表情は嫌味なくらいに平然としていて、ただ興味を持ったからこちらに来ただけのようだ。その向こうを見ればメルが心配そうな目つきでこちらを眺めている。何を心配する必要があるのだろうか。


「アリウスが変な顔をしているって話だよ」

「変な顔って、具合でも悪いのか?」


 ――誰のせいだ!


 すっとぼけた表情に思わずそんな言葉が口をついて出そうになった。でもそんなこと本人に言うわけにもいかない。なんとか喉元まで迫っていたそれを飲み込んだ。

 というか、これでは嫉妬していると認めたも同然じゃないか。

 そう自覚して、思わず気分が沈んでいく。


「うわ。また眉をしかめて変な顔してるぞ」

「……うるさい」

「調子悪いのか? 気分転換に少し出かけたらどうだ?」


 ユーマはまっすぐ俺を見つめてくる。やけに自信にあふれたそれは、俺がそれを受けるとわかっているようだった。


「……それもそうだな」


 すこし違和感を感じながらも、俺はうなずいた。「そうか」とユーマは嬉しそうに笑う。

 たまには出かけるのもいいだろう。なにか土産でも買って帰れば、メルも喜ぶ。


「アリウス様、どこかに出かけるんですの?」

「ああ。そうしようかなと思ってな。にしてもどこに行こうか……」


 顎に手を当て、頭を巡らせる。

 ここは魔物の森だ。当たり前だが、あたりに大きな街はない。イブ・ロブで移動するにしても、到着地点は爆発したみたいになってしまうから、そう気安く使えない。


「すこしくらいならボクが連れていくけど?二人乗れるくらいの動物や鳥ならいるだろうしね」

「なぜ私を省くんですの!?」

「ん? もしかして君も行くつもりなのかい?」

「当り前ですわ! アリウス様! 私もお供致しますわ!」

「はいはい。わかった、わかったから」


 過剰なくらいに俺に詰め寄るサラベルをあしらいながらユーマに目を向ける。その表情はニコニコと人当たりのいい笑みを浮かべていてその真意はわからない。

 いや、少し疑いすぎなのかもしれない。そもそも俺を心配して提案してくれたのだ。変に嫉妬して、変なことを考えてしまう。悪いそれを振り払うように首を振った。


「……アリウス、本当に大丈夫か? 急に首なんて振り出して」

「大丈夫だ。それより、お前の提案、受けることにするよ。すこしサラベルとミズキの二人と出かけてくる」

「ああ。それがいいと思う。楽しんできてな。ここは俺とメルリアで守るから」


 『俺とメルリア』という言葉に眉をしかめそうになって慌てて取り繕った。……どうやら重症らしい。


 軽く準備して扉の前に立つ、準備といっても大したことはない。鞄――といっても口を縛れるちょっとした袋のようなものだが――にそこそこの金を入れるくらい。特におしゃれなんてするつもりもないし、改めて用意することもない。それはサラベルやミズキも同じようだった。近くのそこそこ大きな街までの足はミズキが用意するようで、そのあたりについても俺にすることはない。

 サラベルとミズキは先ほどまでと同じ格好で俺の隣に立ち、「さて行きましょうか」とサラベルが口にする。それにうなずいてイブ・ロブの大きな扉に手をかけ開こうとした時だった。


「アリウス!」


 後ろから俺の名を呼ぶ声がした。振り返らなくてもわかる。メルだ。「先に行っててくれ」とサラベルとミズキに告げ、メルのもとに向かう。


「どうした?」

「あ、えっと……街に行くの?」

「ああ、ちょっと気分転換にな。ユーマが勧めてくれてな」

「ユーマが……」

 

 そこでメルの表情が曇った。何がメルにそんな顔をさせるのだろうか。考えてみるも、特に思い当たることもない。わからないが、そんな表情をさせていたくなくて、気が付けば俺の手はメルの頭に伸びていた。空色の髪をなぞるように撫でれば、メルは「あ……」と小さく息を漏らす。


「そんな顔するな。何か土産買ってきてやるから」

「あ、うん……そうだね。楽しみだな」


 すこし表情が明るくなったようで、胸をなでおろす。だがまだ何かあるようで、戸惑うように指をいじくらせた後、言いづらそうに「あの、さ……」と口を開いた。


「アリウス、私ね――」

「ちょっとアリウス様ー! まだですのー?」


 メルの言葉を遮るようにサラベルの叫び声がこだました。そちらを向けばもう準備はできたようで、首に紫の鎖をつけた大きな狼の傍らに彼女たちは立ってこちらを見ていた。


「ちょっと待ってろ! ――ああ、すまん。で、なんだ?」

「――ううん! 今は、いいや。その代わり、帰ってきたら私の話を聞いてくれる? 大切な……大切な話があるんだ」

「あ、ああ……」


 普段の柔らかいものではない。目を光らせ決死の表情で俺を見つめるメルに、少し戸惑い気味に返事をした。それを聞いてメルは満足げに笑う。


「じゃ、約束だよ? お土産、楽しみにしてるからね!」

「……ああ」


 彼女はそう言い捨てて俺に背を向ける。そしてまたユーマのもとに向かっていった。


「…………」


 俺は何となくそれを見ていたくなくて、すぐに背を向けてサラベルとミズキのほうに歩きだした。

心配そうなメルと、「カア」と鳴く一つ眼カラスのブルバに見送られながら。

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