6話「失敗作は改めて実感した」
「というか、そちらはどちら様なんですの?」
今更ながらサラベルは俺に向かって問いかけた。ご丁寧に敵意を前面に押し出した視線をユーマに向けながら。顔が整った人のそういう顔は恐ろしいもので、鋭い目つきもあってまるで蛇のようだ。
ユーマ本人でなく俺に問いかけている部分が、失敗作の特徴をありありと示しているようだった。基本的に他人を信用しない。
そんな視線を向けられたユーマは少したじろぎ、額に汗を浮かべていた。
「それはボクも気になるかな。まあ、なんとなく予想はつくけどね」
ミズキは訝しそうな目つきで俺を映した。相変わらず察しがいい。だが今この場では迷惑この上なかった。やはり気まずくて目をそらす。メルは困ったように苦笑いしていた。
「えっと……昨日アリウスに助けられたユーマです。アリウスやメルリアと同じ失敗作だ」
「失敗作、ですか……」
「ふーん。珍しいね」
サラベルもミズキも珍し気にジロジロとユーマを見ていた。
珍しいといったのは、ユーマが男だからだ。
魔力のことがあるように失敗作は女性に圧倒的に多く、男性はほとんどいない。正直もう俺含め二人もいるし、それが事実かどうかも疑わしいが。
そしてサラベルは俺に視線を向ける。責めるようで、でもそれでいて俺を案じるように慈悲深い。
何が言いたいかはなんとなくわかっていた。
でも俺は何も返すことはできず、ただ見つめ返すだけ。サラベルは一つ息を吐くと再び視線をユーマに戻した。
「で、能力はなんですの?」
「あ、欠陥もおしえてね。それで失敗作かどうかわかるもどうぜんだから」
「ああ、わかってる。能力は『
「「「え…………」」」
女性陣が三人同時にひきつった声を漏らした。声こそ出してないが、俺も心中では同じ気持ちだ。
思考を読めるだなんてロクなもんじゃない。もしかしたら今まで俺が考えていたことが全て筒抜けだったのなもしれないのだ。
今まで読まれて恥ずかしいことは考えていなかったか。思い出そうとしてみるも覚えているはずもなく、あきらめるしかなかった。
考えていることは女性陣の三人も同じで、それはユーマにも筒抜けだったらしい。「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ!」と慌てたように両手を自分の前で振っていた。
「俺が覗くと、その相手も俺の頭を覗けるんだよ」
「それがユーマの欠陥なの?」
「ああ。俺まだみんなに能力は使ってないんだよ。みんな俺の考えを読めたことなかっただろ?」
「まあ、いわれてみればそうですわね……」
それが事実なら、確かに能力はまだ使われていないようだ。少なくとも俺はユーマの頭を覗けたことはないのだから。
「俺も自分の頭を覗かれるなんて嫌だからさ。能力はなるべく使わないようにしてるんだ。"あそこ"以外では、な……」
「…………」
途端に場に痛いほどの沈黙が流れた。
誰もがみんな暗い表情をしている。
あそこというのが何を表しているのか。この場にいる全員が身に染みてわかっているのだ。そして例外なく全員、そこにいい思い出はない。
俺は何度も殺され、メルは何人もの傷を癒した。サラベルは多くの人間に拘束されながら命令を下し、ミズキは何度も魔物討伐や戦場に駆り出された。ユーマも似たようなものだろう。
その心中を察しながら自分たちのことも思い出して。また意識は闇に沈んでいく。そして刺さるような沈黙が生まれるのだ。
「……とにかく」
何とか俺が声を発すると、四つの視線が同時にこちらに向けられた。まだ落ち着いてない意識を落ち着かせるように深くため息を一度ついて、皆を見つめ返した。
「ユーマは今日から俺たちの仲間だ。自己紹介は……まあ、お前らでそれぞれやっといてくれ」
それだけ言って彼らに背を向けた。そしてミズキたちが持ってきた荷物に向かって歩を進める。
結局一番動揺していたのは俺なのかもしれない。こんな逃げだすような感じになってしまう。こんな自分が嫌で、またため息をついた。
すぐに背後から少し戸惑いつつも話声が聞こえてくる。どうやらうまくいきそうではあった。
荷物のもとにたどり着く。だんだんと勢いが生まれつつある声が、逃げだした俺を責めているような気がして、また逃げるように荷物に手を伸ばす。
それは大きなかごに車輪がついたような形の荷車に積まれていた。山のように積まれた木製の箱を開くと、野菜やら肉やらが乱雑に放り込まれている。その量は尋常ではなく、とりあえずこれで一か月は済む、といった具合だ。
「すこしくらい種類ごとに分けてくれてもいいだろうに」
確かに彼女たちは几帳面な性格ではないが。思わず小さく笑みをこぼした。
彼女らには食料の調達をたのんでいたのだ。こんな魔物の森にすんでいるから、食料調達もなかなかできない。この量もそれゆえである。これらを見るにきちんと目的は達成していたらしい。それだけでも良しとしよう。
とりあえず貯蔵庫にしまう前に分けておこう。
そう考え荷物に手を伸ばし、作業を始めて少しした時。
不意にすぐ横に人に気配を感じた。
「あまり無理はして欲しくないかな」
そして落ち着いた声が響く。それは背後の数人に聞かれたくないのか、やけに小さい声だった。
眼だけ動かして隣を見る。そこにはいつの間に来たのか、ミズキが俺と同じように荷物をいじくっていた。
「……なんのことだ? 無理はしてないし、するつもりもない」
自分で言っておきながら、あまりにも白々しい。それがどうやら自分でも気に食わなかったらしく、語調が思ったよりも強くなっていた。ミズキは横目で俺を見つつ、あきれたようにため息を一つついた。
「まったく……二日三日くらい待てなかったのかい?」
「なにが二日三日だって?」
「彼を助けに行くのをだよ。ボクとサラベルがここを出たのが四日前。そしておそらく情報が君のもとに入ってきたのが一昨日。助けたのが昨日ってところかな。たぶんボクたちは四、五日で帰れるって君に伝えておいたはずだよ?」
「……」
俺は何も言わず――いや、何も言えずただひたすらに手を動かした。隣から俺に向けられた刺さるような視線を感じながらも、それを無視して。
結局ミズキが言っていることが事実だから。それだから俺は何も言えない。
サラベルを連れて行っていれば屋敷に火を放つ必要なんてなかったかもしれない。ミズキを待っていれば俺もユーマもケガなんて追わず、メルも能力を使わずに済んだかもしれない。
すべては俺の勝手な行動のせいだった。メルに能力を使わせてしまった、なんて嘆いておきながら、結局原因はすべて俺にあった。
「……まあ君がそういう人間ってわかってるからボクからは何も言わないよ。君がそんな人間だからこそ、ボクたちはここにいるんだからね。でも、サラベルには一言言っておいたほうがいい。彼女、ユーマのことを気遣って何も言ってないけど、思うところはあるようだからね」
「ミズキ……ごめんな」
「謝らないでよ。なんにせよ、君はユーマを救ったんだ。それは誇れることだろう?」
「ああ、そうだな」
彼女は目を細めて小さく笑った。
すこし心が軽くなった気がした。思わず俺の顔にも笑みが移る。
「それに……」
ミズキはそう小さくつぶやきながら一歩こちらに近づいた。きれいな黒髪が揺れ、心地よい香りが鼻腔をくすぐる。
そして少し下から妖艶な目つきで俺を見つめる。
「君はボクの主なんだ。自信を持っていい」
その声はどこにそんな自信があるのか、力にあふれていて、直接俺の脳に突き刺さるようだった。
「なっ……!」
力強い言葉や、やけに女性らしい彼女の振る舞いに俺は一瞬にして冷静さを失った。ミズキはそんな俺をからかうように、「なんてね」と零すと俺から一歩離れる。
「ミズキ……お前なぁ……」
「フフフ。まあそれはさて置きだよ」
軽く笑うと、途端にその表情は真剣なものに変貌した。
俺もそれにつられ表情を引き締める。
「アリウス。自分を顧みずに行動するのはいいけど、一番大切な物は見失わないようにね」
そのきれいな瞳はまっすぐ俺をとらえて離さない。俺も視線を逸らすことはしなかった。
まっすぐその言葉を、その感情を、その思いを逃げずに受けとめた。
「ああ……わかってるさ」
そうつぶやいて首だけ振り返る。少し離れたところでサラベルとユーマ、そしてメルが楽しそうに話していた。
どうやらもう打ち解けられたようで、その表情は三人とも明るい。メルもいつも通り笑えているようだった。思わず俺の顔にも笑みが浮かんだ。
不思議なものだ。メルが楽しそうだと、俺の胸も熱くなる。幸せな気分になる。自然と笑みが浮かぶ。
サラベルもミズキも大切な仲間だ。まだ知りって間もないがユーマもそれは変わらない。
だが一番大切なものは何か、そう問われて思い浮かぶのはやはりいつだってメルリア・アビライズだった。
小さいころから俺を守ってくれていた。同じ施設で俺は拷問を受け、狂わなかったのはメルのがいたからだった。
「絶対に……見失わない」
もはや俺の生きる意味は、メルを守ることなのだから。
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