第43話 2月② 夜の空で
2月28日。2月最後の日だ。そして、ナナとの約束の期限の日。
夜になり、自室にいると、ナナが空間跳躍で現れ、こちらに来てと手招きをする。手招きした方向であるベランダに僕とナナは出て、そのまま手を握って家の外に出て夜の街を空中散歩した。満月に照らされ、夜風に吹かれ、僕らは街を見下ろしながら空中を進んでいく。
「どう? 惑星スカーレットに帰るか決めた?」ポーカーフェイスのナナが握る手の力を強くして聞いてくる。
「地球に居続けることに決めたよ」僕は単刀直入に答えた。
「そうね。あんなに危ないことがあったものね」ナナはポーカーフェイスのまま残念そうに言う。
「そうじゃないんだ。正宗とアカネと藤原と家族がいる、この地球にいたいんだ。彼らと一緒に地球にいたい」僕も握る手の力を強くして言った。
「でも、地球にいる限り、あなたは社会の一つの歯車に過ぎないのよ。惑星スカーレットだったら、その人の個性が最大限に輝ける場所にいれるわ」
「歯車の一つに過ぎないとしても、前に進み続けることができる。仲間がいることとそれだけで僕は十分だ」僕はナナの目をじっと見据えて力強く言った。
「統合失調症も完治薬が地球で開発されない限り、一生抱え続けることになるのよ」
「この病気とは上手くやっていくさ。昔に比べて僕は強くなった。強くなった僕ならやっていける気がするんだ」
「私のことも忘れちゃうのよ」ポーカーフェイスだったはずのナナの声は震えていた。
「それだけが心残りなんだ。でも僕は地球に残ると決めたんだよ」
「そう。分かったわ。しばらくは最後の空中散歩を楽しみましょうか」
ナナと僕は手を握り合いながら空中を進んでいく。ナナとの最後の日が晴れの日で本当に良かった。しかも、満月がはっきりと見えるまたとない夜。ここから見下ろせる一つ一つの灯りに人々の生活があるのだろう。僕もその一つの灯りとしてこれから生きていくのだろう。
「そろそろ、戻りましょうか」ナナが優しい声で言う。
「そうしよう」僕もできる限り優しい声で言う。
自室に戻ると、ナナは言った。
「今日眠って、明日の朝になれば惑星スカーレットや私に関することは全て忘れているわ」
「寂しくなるよ。本当に今までありがとう」気が付くと僕の声も震えていた。
ナナは立ちながら目をつぶり、胸に手を当てた。レースのカーテンがひらひらと夜風で揺れ、レース越しの月の光がナナを照らしている。そして、ふっとナナは視界からいなくなった。
僕はベッドに横になり、ナナのことは忘れたくないなと何度も思いながら、いつの間にか眠りについていた。夢の中で、何か大切なことを忘れていく気がした。
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