第42話 2月① 初ライブ
2月26日、僕と藤原の初ライブの日だ。藤原の希望で、アンダーグラウンドなアーティストがよく出演する東高円寺のライブハウスでライブすることになった。対バン形式で四組のバンドが出演する予定だ。
トップバッターは僕ら【スカーレット】。慣れていないので、機材のセッティングに時間がかかる。
楽屋からステージに行くと観客はアカネと正宗の二人だけだった。今日出演する他の三組のバンドマンですら観に来ていない。
僕らは30分の持ち時間で藤原の作ったオリジナル曲2曲と僕の作った「カラス」、それにミカンズのコピー曲1曲を演奏した。藤原のギターボーカルも僕のベースもサポートドラマーのドラムもリズムがおかしくてヘロヘロな音を出すひどいライブだった。
MCでは、藤原が街で見かけた変な人の話をして笑いを取る。これには僕も思わず吹き出してしまったし、アカネも正宗もライブハウスのスタッフであるPAさんも笑っていた。藤原はバンドマンではなくコメディアンとしての才能の方があるんじゃないのと思った。
演奏が散々でもライブが終わると、アカネと正宗は拍手してくれた。ステージに立って演奏するのはこんなに楽しいことなんだなと僕は思った。下手でもよいからまたステージに立ちたいと思った。
アカネは「そーさん、かっこよかったですよ」と嬉しいことを言ってくれた。正宗は「初めてのライブにしてはいい方だよ」と僕を安心させてくれた。
その後、アカネとサポートドラマーは帰り、僕と藤原と正宗の三人でライブハウス近くの小汚い居酒屋にて打ち上げを行ったのだが、その場で正宗が「俺のバンド、メジャーデビュー決まったんだ。今日発表だから、すでにニュースサイトにも載っているはずだぜ」と最高のニュースを教えてくれた。
「えっ、じゃあ、今こんな席にいても大丈夫なの?」と僕は聞いた。
「まあ、糞忙しいんだけど、今夜は案外ヒマなんだよ」と正宗が答えたのは、優しさだろうか。
「ドラムを入れ替えるのをメジャーデビューの条件にされたんだけど、ずっと一緒にやっているドラマーだからさ、俺は断ったんだよ。俺らはこの4人でSeacretだから。それでもメジャーデビューさせてくれたから感謝しないと。まあ、三社からメジャーデビューを申し込まれていたから他社に取られたくないというのもあったんだろうけど」正宗は自慢げでもなく極めて自然体に言う。
「えっ!? 三社から!? すげぇじゃん」藤原は感嘆の声を上げた。
「これから、俺らのバンドはひた走るぜ」正宗はまっすぐに前を向いてニカッと歯を見せて笑いながら言った。そして、大好物のコーラを飲み干す。11月に20歳になった正宗は堂々と酒を飲める歳であるはずだが、「俺はコーラの方が好きだから」なんて言ってコーラを注文していた。
正宗は前に進んでいく。僕も前に進もう。正宗の持つ熱に僕も感化されたようだ。
正宗はその後、翌日の早朝にミーティングがあるからと居酒屋を後にした。藤原と二人になった僕。もちろん、藤原も僕も堂々と酒を注文できる歳だ。僕と藤原はビールのおかわりを注文した。本当は統合失調症にはお酒はよくないのだけど、今日ばかりは飲んでいたかった。
「俺、今日すごく楽しかったんだぜ」普段は自分の感情をあまり口にしない藤原が上機嫌に言う。
「俺も楽しかったよ」ほろ酔いの僕も上機嫌だ。
「ふらふら帝国みたいだったよな、俺ら。最高のライブだったよ。仲村もなんだかんだ良いベースだったじゃん」
ふらふら帝国はアンダーグラウンドシーンの大スター。音楽雑誌にもアルバムが年間ベストで取り上げられたりして、もはやアンダーグラウンドではないのかもしれない。そんなふらふら帝国を例に出すなんて、今日のライブの悲惨さが分かっていないんじゃないだろうか。
「そうかな。でも、藤原と俺の二人で作った曲はドープで自信持ってるよ」演奏技術はアレだったとしても、二人で作ったオリジナル曲のオリジナリティには本当に自信を持っていた。
「またライブしようぜ。次はいつがいいかな?」藤原は気が早い。
その後も僕と藤原は話し込み、二人だけの宴会は翌朝まで続いた。おそらく、僕と藤原はお互いに少しずつ見下しあっているし、少しずつ尊敬しあっている。不思議な関係性だが、藤原は僕にとってかけがえのない友人であることは確かだった。
早朝の電車で家に帰り、PCを開き、Seacretのメジャーデビューのネットニュースを確認した。「メジャーデビューおめでとう!」と正宗にメールを送って、ベッドの上で眠りについた。
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