第33話 11月③ 好きだけど誘えない
今日も一週間に一回のベーススクールのレッスン日。僕たちが受けているレッスン時間では僕とアカネだけだった生徒も、最近になって一人の男性が増えた。田村さんという方なのだが、彼のいない所では僕とアカネは冗談で「リラックマ」と呼んでいた。キャラクターである「リラックマ」に似ている訳ではないのだが、とても和やかな方なので、癒しオーラが出ているからそう呼んでいるのかもしれない。田村さんは僕らより年上のサラリーマンの方で、会社が忙しくて来られない時も度々あった。
「今日はリラックマさん、お休みでしたね」
レッスンからの帰り道でアカネが言う。アカネとは何度、この道を一緒に歩いて来ただろう。
「リラックマさんの会社忙しそうだし、それか、単に雨だから外出したくなかっただけかもね」傘越しの距離なのでアカネとは少し離れており、少し大きな声で言う。
雨がしとしとと降っている。僕もアカネも傘をさしているが、アカネの傘は小学生から使っていてミッフィーちゃんの柄が入った年季入りの傘だ。破けたり壊れたりする度に自分で補修して使っているという。今日では珍しい、物を大事にする子なのだ。物を大事にする子は人も大事にするとどこかで聞いたことがある。だから、僕にも優しくしてくれるのかもしれない。
何度もこうやって一緒に話し、僕はアカネのことが好きになったし、ますます好きになっていく。そろそろ、デートに誘ってもよい頃だとも思うが、なかなか勇気が持てない。万里にフられたこともトラウマだし、万里みたいに「一緒にいるのが楽しかっただけ」なんて言われたら、崖から突き落とされたような気分になるだろう。そうしたら、僕はもう立ち直れない。
もし、こんな女々しい気持ちを正宗に話したら、「フられても次があるだろ」と一蹴されるに違いない。でも、アカネは一人しかいないのだから、次はないのだ。慎重すぎるくらい慎重で良いのだと思う。でも、いつかは、いつかはと思い続けても付き合いに至らないことは重々分かっていた。
駅に着き、傘をたたみ、「また」と言って別れる。アカネの後ろ姿を見ながら、アカネは僕のことをどう思っているのだろうと考え続けていた。時折見せてくれる笑顔が社交儀礼だとしたら、悲しすぎるし辛すぎる。
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