第32話 11月② 正宗の誕生日

 11月30日、正宗の誕生日だ。誕生日付近の日は忙しいとのことで、その一週間前の23日に正宗の家で前祝いをすることになった。僕はプレゼントの加湿器を正宗の家に持って行った。ギターボーカルの正宗は喉の調子を気にするため、加湿器を買おうか迷っているという話を以前に聞いていた。すでに買っていなければよいのだが……。


「加湿器、ありがとな! ちょうど欲しかった所だから助かったよ」正宗が嬉しそうなので、僕も嬉しくなる。


「僕の誕生日にもらったディスクガイド、数日前に読み終わったよ。かなりディープなディスクガイドだね」


「ああ、聡吾のやっているブログにも読み終えたことが書いてあったな」僕がやっているブログの存在は正宗にも教えていた。ブログをチェックしてくれているのは心嬉しい。


「うん、ブログにも書いたけど、ロックだけでなく、ロックに影響を与えた黒人音楽なども詳しく書かれていてすごく参考になったよ」


「俺も動画サイトやsoundcloudで音源をチェックしながらあの本は読み切ったよ。気に入った曲があれば、CDも何枚か買ったし。あの本読み終えると、音楽観がだいぶ深まる気がして聡吾にも同じ物を買って渡したんだよ」


 そう言って正宗はコーラをグビッとビールのようにあおる。コーラは正宗の大好物だった。また、ゼロカロリーのコーラはコーラじゃないとも以前に語っていた。


「竜太とのバンド、頑張れよ。あいつ、プライドが高そうな割に憎めない奴だよな。愛嬌があって」コーラを飲みほした正宗が言う。


「うん、頑張るよ。それにすごく楽しいんだ。一人で演奏するよりも、複数で演奏した方が楽しいね。音楽で心が通い合う瞬間みたいなのがあるんだ」


「聡吾はやっぱりピュアだな。「心が通い合う瞬間」なんて言葉、世間ずれしている人間は口に出さないぜ」


「えっ? 口に出すと恥ずかしい言葉だった?」


「いや、いいんだよ。それが聡吾の聡吾らしさだよ」


「ケンカも何度かしたんだけどね。仲直りの時には、僕が折れることもあるけれど、意外にあいつから折れることもあるんだよ」いつも予定時間に遅れてくる藤原に少し文句をつけたくらいでケンカしたこともあったし、藤原がバンドのマネジメント的な負担を僕にだけ押し付けてくるのでケンカしたこともあった。


「へえ。バンドはどんな音楽を作るのかも難しいけど、メンバーと良い関係でいることも難しいことなんだ。仲良く和気あいあいとやっていても、他のメンバーに対する音楽的なジャッジが甘くなることもある。仲が良くても言うことは言わないと駄目なんだ。そして、バンドが終わってしまう時の一つは、仲が悪くて顔も見たくなくなって解散してしまう時。竜太と上手くやるんだぞ」正宗はやや真剣な面持ちで言う。


「正宗のバンドは皆、どういう繋がりなの?」僕が前から知りたかったことを聞く。


「ああ、皆、高校からの友人なんだ。ギターの奴なんて、Seacretにのめり込みすぎて音楽の道一本で行くなんて言い始めて高校を中退するって言ってさ、他のメンバー皆で止めるのが大変だったんだよ。まあ、俺らは運命共同体ってやつかな。あいつらのためにも、大学在学中に結果を出さないと」


「大学在学中に結果を出さないと音楽を辞めるというのは親の意向なの?」僕はまた気になっていたことを聞いた。


「まさか。俺の意思だよ。俺は音楽だけでなく、幸せにも貪欲でいたいんだ。いつまでもだらだら音楽やって職にもつかないでいるのは、真っ平ごめんだね。それにそのくらいの意気でやった方が音楽の道も成功すると思うんだ」


「そうなんだ。社会人をやりながら、音楽をやることは考えなかったの? クレイジーリュウバンドとか、メンバーが仕事しながら音楽やってるって話じゃん」


「いや、俺はこうと決めたら一直線なんだ。二足のわらじは履きたくないね」 正宗らしい答えだと僕は思った。


「まだ一週間前だけど、誕生日おめでとね」そう僕が言って、百均で買ったクラッカーを鳴らした。


「びっくりしたよ。クラッカーか」突然のクラッカーの号砲に正宗も驚いているようだ。作戦成功だ。


「クラッカーの後片付けは僕がやるよ。驚いたかい?」


「聡吾は時々、突然突飛なことをやり出すよな」


 その後も朝ドラのあの娘が可愛いとか語学クラスのあの娘が可愛いとか楽しく話しながら、時間は過ぎていった。

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