第31話 11月① 正宗と藤原

 11月になった。あと少しで2月。惑星スカーレットに行くか決めるナナとの約束の日が近づいてきた。どちらに決めたって失うものがある。惑星スカーレットに行けば、アカネや正宗、藤原、家族との絆を失うし、地球に残れば、ナナとの大切な記憶を失ってしまうし、統合失調症がひどくなれば健康も失われる。


 統合失調症患者が回復期に入った後も、再発することが多いことは知っていたし、患者の自殺者数が多いことも知っていた。惑星スカーレットに行くかについては、最後まで粘り強く考え、迷って決めようと僕は思っていた。


 今日は藤原とスタジオに入る日だ。正宗にも来てもらって練習を観てもらうことになっている。正宗のバンド【Seacret】の名前を出すと藤原も知っているようで、是非呼んでほしいということになったのだ。いつもは藤原の地元のスタジオだが、そのスタジオは正宗の家から遠いので渋谷のスタジオに入る。


「名前なんて言うん?」スタジオの待合室で出会い頭に正宗が藤原に聞く。


「藤原竜太です」


「じゃ、これから竜太って呼ぶわ。よろしくな、竜太」


 正宗は誰に対してもフランクだ。高校以来の友人である僕でさえ、竜太と呼んだことはないのに、たやすく「竜太」と呼びかける。


「俺のことは正宗でいいよ」


「まさ…むね、よろしく」藤原は少しぎこちなく言った。照れくさいのだろう。


「Seacretの調子はどうだい?」Seacretはメジャーデビューが決まりかけているはずだが、他の人には秘密なので、それは口に出さずに聞いてみた。


「ん、順調」いつもこんな風に正宗の回答は竹を割ったようにシンプルだ。


「俺にもSeacretのこといろいろ聞かせてください。すごく興味あります」藤原がまた少しぎこちなく聞く。


「タメ口でいいんだぞ。まぁ、年下の俺が言うのもなんだけど」


 そうなのだ。僕は病気で二年浪人しているから、正宗とは同学年でお互いに歳は気にしないけれど、藤原はストレートで大学に入っているから、今四年生なのだ。藤原は、就活では10月初旬に第一希望から内定をもらっているので、暇なこの時期をバンドして楽しもうという魂胆なのだろう。


 しかし、年下からタメ口を申し込むとは、やはり正宗は破天荒だ。でも、それでいて嫌な風に感じさせないのは正宗のすごいところでもある。


 いつもこのようにして正宗はいとも簡単にたくさんの友人を作ってしまう。タメ口で話すことで距離が縮まるとは限らないし、丁寧語で話していても人との距離が近い場合ももちろんあるが、正宗は歳が離れている場合を除き、大抵はタメ口のスタイルで心の距離をぐんと縮める。人との間に距離を感じてなかなかその距離を近づけずにいる僕とはここでも正反対だ。


 スタジオに入り、セッティングが終わると、また藤原が耳をつんざくようなギターの音を出し始めた。


「でかいよ、音!」正宗がすぐさま言う。


 やはり藤原のギターの音は大きかったのだ。藤原も正宗のアドバイスには素直に従い、アンプのボリュームを下げる。エフェクターの選び方や使い方についてもアドバイスをもらっていた。


「聡吾のベース、ちょっと俺に貸してみ」正宗に言われて、僕はベースを渡した。


「いい音が出るベースだな」正宗が僕のベースを流麗かつメロディックに奏でながら言う。正宗はベースも上手いのか。なんでも得意な正宗に対しては、自分との才能や能力の差が大きすぎてもはや嫉妬すら感じない。


「正宗はベースも上手いんだね」僕はお世辞でもなんでもなく率直に感想を述べる。


「ギタリストの弾くベースとベーシストの弾くベースの音は違うんだぜ。ベーシストの方がずっしりと低音が響く落ち着きのある音になる。俺のベース演奏なんて、ギターの弾き方そのままだから駄目なんだよ」


「ふうん。確かにベーシストの弾く音とは違う感じがするね」と僕は調子を合わせる。


「このベース、どこで買ったん?」


「ハマヤの先生が三万円で余ったベースを売ってくれるって言うから買ったんだよ」正宗に対して事実を述べる。


「いい買い物したな。十万円以上の価値は間違いなくあるベースだよ、これは」正宗に言われて自分の幸運が嬉しくなった。ベースの先生も教えるのは片時でいつも雑談ばかりなせいで適当な性格に思えていたけれど、案外いい所あるじゃんと僕は上から目線で思った。


 その後、正宗に見てもらいながらサポートのドラムも入れて3人で練習を続け、スタジオを出た。


「ギターもベースもドラムもクリック練習が必要だな。リズムを良くしないと」正宗が言う。


「分かった。これから毎日クリック練習するよ」藤原にしては素直に答える。


「ただ練習しているだけでなくて、ライブしようよ。目標があると上手くなるよ」先輩風を吹かしている風でもなく、正宗の人への接し方はいつも対等で率直だ。


「でも、僕らまだ下手だし……」僕が自信なさげに答える。


「そんなこと言っていたらいつまでたってもライブできないよ! よし、じゃあ、二月にライブしよう」対等で率直なのはいいのだが、強引なのが玉にキズだ。



 その後、僕と藤原は正宗に押し込められ、来年の二月にライブすることになった。二月といったら、ナナとの約束の月だ。僕は次の日は一限から授業があるのでスタジオを出ると家に帰ったが、正宗と竜太はスタジオ近くのファミレスで話しながら夜を明かしたようだ。


 スタジオの次の日の朝、藤原から来たメールに「もっと早く正宗と出会っていれば良かった」と書いてあって、藤原に正宗を紹介できて良かったと思った。藤原はプライドが高いから正宗からタメ口で話しかけられるのも内心嫌だろうと思っていたが、杞憂だったようだ。


 一日の授業が終わり、家に帰って自室でベッドにごろんとなっていると、ナナが空間跳躍で現れた。


「バンド、順調そうじゃない」ナナがいつもの真顔で言う。


「そろそろ現れるかなーと思って毎日過ごしていたけれど、今日やっと来てくれたね」僕が口元をほころばせながら言う。


「毎日あなたのことを見ているけれど、邪魔しちゃ悪いからね」


「毎日の監視は拒絶反応を示す人もいると思うよ。プライバシーがないって」


「そうね。悪いことできないからね」ナナはフフッと意地悪そうに笑って言う。


「いや、そういうことじゃなく」僕は少し不機嫌なそぶりで言った。


「ごめんなさいね。前にも言ったけれど、命の危険から遠ざけるためだから許してね。監視して分かった内容を地球人の誰に言う訳でもないし」ナナは以前と同じように申し訳なさそうに言った。


「命の危険って、こないだみたいなテロリストが命を狙うこともあり得るの?」


「聡吾にしては勘が鋭いね。テロリストもそうだし、以前に話した魔科大戦の魔法陣営の兵士も狙ってくることがあるわ。もといた星からはるばる旅をして地球まで来たワンダラーの魂は稀少価値があるから、人身売買で高く売れるのよ。ワンダラーの魔法の資質が他と比べて高いという訳ではないのだけれど、珍しい魂の波形をしているからレアな魔法を使えることが多いのよ」


「そうなんだね」


「地球の世の中には行方不明者が何万人といるでしょう? そのうちの数%はワンダラーを狙っての連れ去りね。他の星系の人間が連れ去っていることは表ざたにならないようになっているわ。強大な組織力を持った宇宙警察が表ざたにならないように迅速正確に動いているから」


「宇宙警察!? SFの世界のような話が実際にあるんだなぁ」


「私の仕事には、宇宙警察との連携事業も含まれているの」


「そうか。いろいろと大変なんだな。僕のことも守ってくれてありがとう」


「何があってもあなたのことは守る。約束するよ」ナナは僕を安心させるように力強く言った。

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