第30話 10月③ 邪悪が蠢く
「カッカッ。やったぞ。ハッキング成功だ」惑星スカーレット上にある秘密のアジトで、仲間内からボスと呼ばれる男【ブレード】は唾を吐き散らしながらほくそ笑む。
「この二人がアンソニーとパティを殺った奴らか」ブレードは眉を寄せ、液晶画面を睨み付け、怒りの声を出す。
ブレードをリーダーとするテロリスト集団【快楽天下】の組織の目的はとにかく快楽を追求することだった。極上の酒と薬物、美貌の女、他人の不幸、楽しい殺戮をこの上ない快楽として追い求めていた。ブレードの持つビバルゲバル星系最高級のハッキング能力をもとに、惑星国家の防御が手薄い場所を攻撃し、資金と資源の強奪を繰り返していた。五人という少人数でも、これまでに殺した人数は一万人を超える。ビバルゲバル星系で指名手配されていたが、ブレードの技術力と警戒心から、なかなか尻尾を出さないテロリスト集団だった。
この上なく非人間的に見える快楽天下のメンバーでも、五人のメンバー間の絆と結束はどのような組織よりも強かった。快楽天下のメンバーは元をたどると魔法陣営の敗走兵だ。敗走兵は元の組織に帰る訳にもいかず、また、どこの組織にも引き取ってももらえず、行き先がない。五人で家族のように協力しながらこれまで幾度の修羅場をくぐり抜け、サバイブしてきた。
そして、他の四人を束ねるボスであるブレードは他のメンバーから厚い信頼を寄せられていた。敗走兵であっても今まで捕虜や奴隷にもならずに生き残ってこられたのはブレードのおかげだという気持ちがメンバーそれぞれにあった。敗走兵として行き場のないブレードは、持てる全ての知識と知恵と力を総動員して四人の部下を連れてここまでやってきたのだ。
だから、脱走兵として惑星スカーレットに亡命を果たし、果てには戦争を終わらせるなどという偽善めいた目的のために惑星スカーレットから援助まで受けているアルエをブレードは許すことができなかった。同じ兵団に所属していた時も、アルエは魔法陣営の兵団随一の力を持つ魔術師として聖石の所持を許可されていた。同じ兵団の中でなぜ俺を差し置いてアルエが聖石の所持を許可されるのか、その点についても納得できなかった。そのことについて、兵団長に詰め寄ったこともある。
また、アルエの持つ聖石があれば、もっと効率的な強奪ができるとも踏んでいた。聖石の威力は使い手の能力を考慮しなければ、通常の魔法石の2倍以上はある。戦場では魔法石の使い手を蹂躙できるくらいの力を持っている。聖石があれば、これまでは迂回して突破しなければならなかった場面でも正面突破が可能になるのだ。
そこで、アルエのいる場所をハッキングして突き止め、今回の大規模なテロを起こした訳であるが、二人の部下を失ったことは無比の痛手だった。一人が欠けても成り立たないと思っていた五人のメンバーのうち、二人を失ったのだ。ここ2カ月は仇討ちのことばかり考えて、惑星スカーレットのネットワークへハッキングを繰り返していた。そしてついに目的の情報を手に入れたのだ。
「一人はナナとかいう惑星公務員幹部の女、18歳。ワンダラーの帰還事業の他、宇宙警察と協力し合いながら地球の監視を仕事としている」
宇宙警察は、地球などの惑星が他の星人から攻撃を受けないように見張ることを目的とした組織だ。宇宙環境と文化の保護のため、他の星系まで飛び越えて惑星に干渉することは星系間条約で禁じられていた。ワンダラーの帰還事業は数少ない例外として、魂の故郷が惑星スカーレットにあることと、宇宙警察と惑星スカーレットが協力関係にあることから許可されていた。
「宇宙警察と繋がりがあるのが厄介だな。あの組織は強大すぎる。そしてもう一人は……」
液晶画面に聡吾の顔が大きくクローズアップされた。
「地球人、仲村聡吾22歳。作戦としてはこいつを人質に取るのが良さそうだな」ブレードはひとり満足そうにつぶやく。
「さて、あとは地球に行くための交通手段だな。宇宙船の強奪計画を念入りに企てよう」
ブレードは舌なめずりをして不敵に笑った。
アルエの所持していた本らしき物についてもブレードは調査していたが、結局何も分からずじまいだった。どんなネットワークにもそれらしき情報がないところや、アルエが追い詰められてからあの本を取り出したところを見ても、機密レベルの相当高い物のようだ。
あの本のせいでアルエの魔力が格段にパワーアップしたのは間違いない。まあ、パティとアンソニーを死に追いやったあの二人の情報に関するハッキングは成功したのだから、あの二人を殺した後でまた調査すればよいとブレードは思考を巡らしていた。アルエめ、待っていろよ。ブレードの顔がまた怒りの色に染まる。
その後、惑星スカーレットの幹部公務員の間で秘密会議が開かれ、惑星スカーレットのネットワークが何者からかハッキングを受けたことが報告された。
ハッキングの形跡があったことを受けて、その翌日に宇宙警察のネットワーク班に協力を要請し、その結果、ナナと聡吾の個人情報が盗まれた痕跡が残っていることが分かった。そして、その犯人はおそらくブレードであるということも突き止められた。
おそらく、ブレードはハッキングが勘付かれたことに気づいてないだろう。それほどに完璧なハッキングの手口だったが、宇宙警察は伊達じゃない。宇宙警察という巨大な組織の洗練されたサイバー能力からすれば、どんなに優れた個人のハッキングもまるっとお見通しなのだ。
悔やむべくは、ナナと聡吾の個人情報が盗まれてしまったことだが、宇宙警察にもっと早くから協力要請をしておけばよかったという反省が惑星スカーレットのネットワーク班に残った。
非常時に備え、宇宙警察に通常時からのナナと聡吾の身辺の警護を要請することになった。また、このことはナナにも知らされたが、ナナは聡吾に余計な心配をかけないために黙っていることにした。
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