第27話 9月③ SeacretのCD
9月中旬、残暑も和らぎつつある中、僕は都立家政の正宗の家で正宗と会っていた。大学の後期の履修科目の相談のためだ。正宗は豊富な人脈による情報網を活かし、この科目は楽に単位が取れるよと教えてくれた。普段バンドばかりやっているのに、正宗はいつ大学内に知人や友人を作っているのだろうと不思議になる。僕は楽に単位が取れつつ、自分の興味のある授業を取るという方針で履修科目を決めていった。正宗は出席しなくてもよい授業を中心に履修科目を決めるという。そもそも、正宗が僕と同じ大学に入ったのも、出席を取らない授業が多いという情報を聞きつけてのことだった。
「だいたい取る科目決まったな。この3つの授業は一緒に受けるから、試験の時に相談しながら勉強しようぜ」正宗はそう言うが、授業に律儀に出席している僕に試験に出そうなところを聞く腹積もりなのだろう。
「うん。正宗の情報、役に立ったよ。ありがとう」
「そうそう。今日は聡吾に渡したい物があってね」正宗はそう言って部屋の隅にある段ボールの方へ向かう。
「これだよ、これこれ」正宗は段ボールから一枚のCDを取り出した。
「もしかして、Seacretの二枚目のCD!?」僕は興奮気味に言う。
「そう! 関係者以外で渡すのは聡吾が初めてだよ」
「その関係者には正宗の彼女も含まれているんでしょ?」僕は冗談で笑いながら言ってみる。
「まあな。よく分かったな」正宗も僕の冗談に笑ってくれた。
「Seacret公式ウェブサイトのリリース予定のページでCDのジャケットを見たけれど、生で見てもやっぱりかっこいいね。ジャケ買いする人も出てきそう」ジャケットには海をバックに幾何学的な模様が描かれている。僕はそのデザインに、日常にふと巻き起こるファンタジーの世界を感じた。
「ああ。森村裕さんっていう、ジャケットデザインの世界ではよく知られた人に頼んだからな。聡吾の好きなミカンズのジャケットも担当しているんだよ」
「すごい! Seacretはどんどんビッグになっていくなぁ」僕は驚嘆の声を上げる。ミカンズのCDジャケットの意匠は僕も好きだった。確かに、このCDジャケットにはミカンズと近いセンスを感じる。
「いや、全然ビッグじゃないよ。アルバムは一枚一枚、日々は一日一日、危険な綱渡りの状況だよ。どこで足をすくわれるか分からない」勝負の世界で生きている正宗がまぶしく思える。
「アルバム製作は結構、大変だったの?」
「ああ。一枚目は俗にいう初期衝動ってやつですぐにできたんだけど、今回は試行錯誤を重ねてね。ミックスやマスタリングも腕利きのエンジニアに頼んだし。楽器の演奏に関しては、他のメンバーにはかなりダメ出ししたな。もちろん、俺も他のメンバーからダメ出しされたよ」
「お金払うよ。やっぱり、良い音楽に対しては正当な対価を払わないとね」僕が真面目顔で言う。
「聴いてもないのに良い音楽って分かるかよ」正宗がツッコむ。
「分かるよ。才能にあふれた聡吾が努力を重ねて作ったCDだから」
「面と向かって褒められると照れるな。俺ぐらいの実力の奴なんか、そこらへんにゴロゴロいるけれどな」そう言いながらも正宗は笑顔だ。
「定価分の金額を払うよ」僕がズボンから財布を取り出す。
「金を取るつもりはなかったけれど、聡吾がそう言うなら払ってくれ」正宗は僕からCDの値段のお金を受け取ると財布にしまった。
「今日家に帰ったら、何回もリピートして聴くよ」
「そう言ってもらえると、バンドマン冥利に尽きるな」正宗の顔は笑顔でクシャクシャだ。
その後、正宗から買ったCDを聴いたが、チャック・ベリーさながらのロックンロールからエレクトロニカやポストロック的なアプローチをする曲まで幅広い音楽性のCDで、荒々しいギターロックの音楽性一辺倒だった一枚目からの成長が分かるCDだった。クレジットを見ると正宗は鍵盤も弾いているようだ。
『ミュージックコレクターズ』という雑誌にも寸評と評点が掲載された。その雑誌には、「凡庸の域を出ない上、統一感がなく音楽性がどこを向いているのか分からない」と評され、10点満点で3点の評点がつけられていた。手ひどい批評だ。正宗と話すと、「今まで無視されていた音楽雑誌に相手にされただけでも嬉しいよ」と表情を緩めながら言っていた。
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