第26話 9月② アカネとの帰り道

 僕をいじめていたあいつとの一件も、あれから一週間以上が過ぎ、今は冷静に考えることができるようになっていた。ベーススクールが終わり、いつものようにアカネと一緒に帰る。今日は夜空に雲もなく、東京でも星がいくつか見える。辛いことは考えるのを止めて、アカネと話すことを楽しまなくちゃ。


「今日のレッスンも面白かったね」僕はちょっと無理して明るく言う。


「そうですね。だんだんレッスン内容も難しくなってきていますね」


「僕とか、なんとなくで弾いているから難しい譜面も易しい譜面もあまり変わらないんだよなぁ」


「聡吾さんはテキストに付属されているCDを使って家で練習していますか? 私はなかなか時間が取れなくて」


「うん。少しは練習しているよ。少しと言ってもほんの少しだけど」アカネと違い、やっているバイトの量も少なく、時間が余っているはずなのに、一週間に一時間程度しかレッスンの予習を行っていなかった。僕は演奏するのが本当に好きなのだろうか? 単にかっこいいバンドマンに憧れていたというだけではないのだろうか? 僕は分からなくなってしまった。


 横断歩道の前で立ち止まる。秋の涼しい夜風が身体を駆け抜ける。


「今夜の10時からのテレビ、仲村さんの好きなバンドについて、お笑いの人たちがトークする番組がありますね」背はあまり高くないアカネが身長差のある僕を見上げながら言う。


「今日は父親が会社休みだとかで家にいるんだよなー。せっかくだから、父親と久しぶりに将棋でも打とうかなと思っているよ。母親があぶったスルメでも食べながら」僕もアカネの方を見て口元を軽く緩めながら言う。



 信号が青になり、僕とアカネは人波の中、横断歩道を渡る。二人で人をかき分けるように歩み進んでいく。


「仲村さんの家はご両親の仲が良いんですね。私の家は両親が離婚しているから羨ましくて」


「そうだったんだ」僕はなるべく平静を装い、顔色を変えないようにしながら言った。


「突然こんな話してしまってごめんなさいね。ついポロっと口から出てしまいました」


「いや、いいんだよ」


「でも、これからもご家族の話は遠慮せずにしてくださいね」アカネは自然な笑顔で言った。


 4月の奨学金返済の話といい、アカネは苦労しているんだなと思った。僕は他の面では苦労したけど、家庭環境が良好なのは良かったことの一つだ。世間を良く知っている人に言わせたら、病気をしていることも、両親が離婚したことも、普通のよくあることなのだろう。みんな何か欠けながら、そして何か満ち足りながら生きている。


 家に着くと妹が母親に愚痴をこぼしていた。にきびが治らないことが悩みの種のようだ。にきびを隠すためにメイクをして、男友達に「厚化粧」と言われたのも気にしているようだ。その話をそばで聞きながら、遅れた夕食を取る。人それぞれ悩みは尽きないものだな。しかし、そんなことを言う男友達は心ない奴だ。豆腐屋の角に頭をぶつけて怪我してしまえ。

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