第19話 8月⑤ テロ勃発
バンドのライブが始まった。確かに地球のロックの模倣なのだが、技術は超一流だし、模倣にとどまらない惑星スカーレットならではのオリジナリティがあった。一曲目を聴いたところ、ガレージロックのように勢いがあるのに、タイトでグルーヴィーな横ノリで、しかも変拍子なのだ。ガレージロックでR&Bでプログレッシブロック? 今まで聴いたことのないような音楽を僕は耳にしていた。
赤、青、黄色の原色を塗りたくったフライングVを弾くギタリストの腕前は、地球のトップクラスに劣らない。手数の多いドラムも音程が派手に動くベースも、思わず身が動き出してしまうようなノリの良いリズムを奏でていた。ボーカルの発語のリズム感の良さは、ジェームズ・ブラウンやマイケル・ジャクソンと比べても遜色ない。腹の底から出ているようなボーカルで終始観客を圧倒していた。
そして二曲目のカウントが始まる。ドラムスティックで四拍数える、その四拍目に耳を突き破るような凄まじい爆音と共に、全身を襲う衝撃に僕の身体は包まれた。身体が燃えるように熱い。
「爆風!」ナナの声が叫ぶ。
そしてモクモクと立ち込める煙。ナナが僕の手を握った。
「逃げるわよ!」ナナが強く言う。
煙の中でナナの手に引っ張られながら、僕とナナはライブハウスの会場を出て走り始めた。スカーレットクローズのおかげで身が軽く、普段の倍以上の速さで走れているだろう。
「テロリストの仕業ね。この衝撃だと通常の仕様のスカーレットクローズの耐久性では持たないわ。観客もバンドの人もひとたまりもなかったでしょうね」ナナは走りながら言う。
「無事だといいな。あと、空間跳躍はなぜ使わないの?」
「私も試したんだけど、ダメだったの。空間跳躍などの科学テクノロジーを禁止する結界が張られているみたい。私たちにできることは、この結界を出て空間跳躍して逃げることよ」
煙が晴れていく。月に似た衛星が照らす光の下、結界の中は、どの建造物もライブハウスと同じように焼けただれていた。大勢の人たちが倒れているのも確認できる。僕たちは焼き尽くされた街を走り続けた。
その頃、結界内のある場所では、惑星スカーレットが属するビバルゲバル星系の共通語で次のようなやり取りが行われていた。
「ハッハッー! ここにいやがったか、アルエ! 聖石をよこせば命だけは助けてやる!」
「やはり貴様か、ブレード! 大勢の人間をすでに殺しておいてよく言う!」アルエと呼ばれた青色のスカーレットクローズを着た男が応える。まだ若く、精悍な顔つきをした、見るからに屈強な男だ。
惑星スカーレットの隣の星である惑星ババロアでは、シュラフと呼ばれる一つの民族が魂を科学的に研究し、魂の波形を体外に魔法として表現する魔法学と呼ばれる技術の探求を行っていた。魔法学の研究の結果、優れた魔法は通常の戦艦を一瞬で破壊できるほどの威力を有するようになった。
普段から惑星ババロア中央政府から搾取されていた民族シュラフは、この力を持って中央政府に反乱を起こした。民族シュラフのみならず、中心政府に反抗心を持つ他民族も民族シュラフの陣営に加わった。こうして、既存の科学を用いた中央政府陣営と民族シュラフを中心とした魔法陣営による戦争が10年以上前に始まり、今も継続している。
一般に魔科大戦と呼ばれるこの戦争はビバルゲバル星系に属する他の惑星にも広がっていったが、惑星スカーレットは永世中立惑星として沈黙を保っていた。そして、惑星スカーレットは他の惑星に侵略する気を起こさせないほどの高度な軍事技術を保有していた。
アルエは魔法陣営に属する魔術師だった。しかし、戦争を続けることに疑問を持ち、脱走兵として陣営を抜け、永世中立惑星の惑星スカーレットで生活しながら、戦争を終わらせることを模索することにしたのだ。
アルエが今日、音楽街を訪れていたのは、音楽と魔法を組み合わせることで、戦争を終わらせるための力になれないか探るためだった。今回、惑星スカーレットの音楽街を襲撃したテロリスト達は、魔科大戦の魔法陣営の敗走兵で惑星スカーレットに逃げ込んできた者達だ。アルエとは過去、同じ兵団で顔なじみだった。
魔法を放つには、魔法石と呼ばれる鉱石が必要だ。アルエはその魔法石の中でも貴重な「聖石」と呼ばれる魔法石を持っていた。アルエがいくつか持つ聖石を使えば強力な魔法を使用することができる。
テロリスト達は、アルエが惑星スカーレットにいるという情報をつかみ、アルエの持つ強力な聖石を狙って今回テロを起こしたのだ。おおかた聖石による魔法を使って金品を強奪するか、聖石を売り払うかして、豪奢な生活をするためにテロを起こしたのだろうとアルエは考えていた。
アルエとテロリストの戦闘は、テロリストが優勢だった。いかに強力な聖石を持つアルエといえども、聖石まではいかないが強力な魔法石を持つ相手が複数でかかってくると、劣勢に立たざるを得なかった。アルエが目視で確認したところ、テロリスト達は5人組で動いているようだ。5人組の誰もがかなりの魔法の使い手であり、コンビネーションも抜群だった。
「雷撃!」
アルエがそう叫ぶと、親玉と見られるテロリスト【ブレード】の頭上から雷が落ちる。しかし、雷撃の対象のテロリストであるブレードが「反射鏡!」と叫ぶとアルエの方へ雷撃が跳ね返って向かってくる。
「反射鏡まで使えるとは……」手練れのテロリスト達からダメージを受け続けるアルエの顔に苦悶の表情が浮かぶ。
「ボス! 私たちが張った結界内に他に生存者が二名いた模様です」テロリストの紅一点が耳打ちする。
「放っておけ! 俺らの狙いはあくまで聖石だ。警察か軍が来る前に片を着けなければいけない」ボスと呼ばれた男がそう言葉を返した。
「それが……、一人は惑星公務員の幹部のようで、この惑星の機密事項にアクセスできるパスコードを持っている可能性が高いです」
「ほう。それはいい情報だ。この際だからパスコードも入手するか。よし、アンソニーと二人でそいつらを追って殺せ! この調子なら、こちらは残った三人でもアルエから聖石を奪える」
「はっ!」そう言うとテロリストの紅一点はもう一人のテロリストと共に空間跳躍を用い、アルエの視界から消えた。
「光拳連打!」アルエが目にも止まらぬ速さの光る拳でテロリストの一人と格闘していると、他のテロリストから遠距離攻撃の魔法でダメージを受ける。敵のテロリストが三人に減っても、アルエは窮地に立たされていた。
「あれを使うしかないのか……」立ち崩れて膝で立ち、手を床に置いて前のめりになりながら、アルエは呻くようにつぶやいた。アルエは力を振り絞って立ち上がり、胸元のポケットに手をやった。
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