第18話 8月④ ライブハウス
僕たちが夜の街を歩いてたどり着いたライブハウスは、地球のライブハウスに類似していた。中に入るとキャパ(収容人数)は三百人くらいのライブハウスで、小さなライブハウス特有のパンキッシュでアットホームな雰囲気のライブハウスだった。壁には地球のヒップホップで言うところのグラフィティーのような落書きがされていたり、バンドのロゴマークと思われるシールがあちらこちらに貼られていたりした。
開演前なのに、観客の熱気がすごい。すでに前列は観客で埋まっていた。ドリンクバーでドリンクチケットと交換でもらったジンジャエールを飲みながら、僕たちは最後列で開演を待った。
「地球のものと同じ味がするでしょう? このジンジャエール」ナナがジンジャエールを飲みながら言う。
「うん。全く同じでつまらないよ」僕は意地悪を言ってみる。
「こういう所も地球の文化を模しているのよ」ナナは僕の意地悪に全く取り合わずに言う。
「地球ファンがいるんだね」
「ええ。他の宇宙文明が地球などの他の星系の文明に干渉しないのは、一つにはその惑星独自の文化を守っていくためでもあるのよ」ナナが訳知り顔で言う。
「ナナは地球ファン?」
「地球ファンでなければ、地球での仕事を希望しないよ。惑星スカーレットには、地球を野蛮だと言って嫌う人も多いのだけどね。あの星の多様性と混沌の具合は、広い銀河を見渡してもそうそうあるものではないわ。多様性と混沌が産み出す人々の熱量も素晴らしいと思うよ。地球のロックはそういった熱量でできた音楽じゃない?」
「そうかもね」ナナも地球ファンでいてくれて喜んでいる僕が相槌を打つ。
SEは地球のロックに近い趣向の音楽が流れていた。地球の1960年代から現在までのロック音楽を総括するような選曲だった。しかし、演奏はすこぶる上手いし、アレンジの幅が広い。ジミ・ヘンドリックスのギター、ジョン・エントウィッスルのベース、ジョン・ボーナムのドラムをタイトでモダンにしたような楽器のサウンド。ボーカルは何語をしゃべっているのか分からないが、ハスキーな歌声のボーカルもしわがれ声のボーカルも聴き惚れてしまうくらい上手かった。
「SEの音楽、すごくいいね」僕が感嘆の溜息混じりに言う。
「産まれた時に脳に埋め込まれるデータチップで音楽の技術は最高級まで高められるからね。あとは、持って生まれた個性に魅力があるかよ。産まれた時、データチップで知識や技術は習得できるけれど、性格や気質までは変えないわ。人の性格の多様性のためよ。例えば、正確に正確を期する人と迅速さを第一に心がける人の両方が組織にいた方がいいじゃない? その人が持つ性格や気質が反映される芸術は、人それぞれの個性があるの。惑星スカーレットでは、食物や工業製品の生産はすべて機械とAIがやってくれるから、人間がやる主な仕事は芸術関係やAIの管理や私たちのような惑星公務員の仕事がメインになる。芸術もメインの仕事だから、個性が重要になってくるわ。食物や工業製品などの日常必需品の生産を機械とAIに任せられるなんて、良い世界だと思わない?」
「うーん。食物や工業製品の生産にもやりがいがあると思うけどなぁ」僕はためらいがちに言った。
「それはそうね。でも、餓える人は出てこないし、AIに頼らず、こだわりの食物や工業製品を自前で創る人たちもいるわ。任せられるところは全てAIに任せてしまって、惑星スカーレットの人間の仕事は地球でいう娯楽や芸道や芸術、匠やこだわりの仕事になるのよ」
「そうなんだ」
「惑星スカーレットから地球に行ってしまったワンダラーの帰還事業をするのは、単なる福祉事業というだけでなく、地球育ちの人間は惑星スカーレットの人間とは異なる個性を持っていることが多いためなのよ。データチップは産まれた時だけでなく、大人になってからも埋め込められるものなの。データチップを埋め込まれた地球育ちの人間が作る芸術の個性は目を見張るものがあるわ」
そうこう話をしているうちに、バンドメンバーがステージ上に出てきた。楽器編成はボーカルらしきフロントマンとギタリスト、ベーシスト、ドラマーの4人のオーソドックスな編成だった。皆、それぞれ地球のバンドのバンドTシャツとジーパンという出で立ちだった。ビートルズにニルヴァーナにデヴィッド・ボウイにドアーズのバンドTシャツという選択はありがちすぎて逆にありえなくて笑った。よほどの地球の音楽のファンなのだろう。こんな遠い星に地球の音楽のファンがいて嬉しくなる。日本の音楽のファンもいるのだろうか?
いよいよ、演奏が始まる。演奏が始まる前のこの緊張感が好きだ。僕は好きなバンドのライブを観る時のように、胸をときめかせて開演を待った。
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