第17話 8月③ 惑星スカーレットの音楽

 僕たちがやってきた音楽街は、先ほど外にいた時の広大な赤色の大地が広がっていた景色とは打って変わって、様々な形の建物があり、今度はフローリングの床のような素材で地面が舗装されている。


 人も多く、話し声で賑やかだ。また、至る所に人だかりがある。たくさんの人が色とりどりのスカーレットクローズを着ているのを見ると、最初は妙ちきりんに見えていたこの服も新しい視点で捉えなおせば、クールなデザインに思える。パリコレにも出られるかもしれない。


「建物はライブハウスやコンサートホール、観客が止まるホテルなどね。あれらの人だかりは、ストリートミュージシャンの演奏を聴いている人たちよ。地面の舗装はストリートミュージシャンが演奏した時に音響を良くするための素材でできているわ」


「ストリートミュージシャンが演奏しているのに、音が聴こえないね」


「それは周囲の10メートルくらいに結界を張っているためよ。結界の中にしか音は響かないわ」


 僕たちは一つの人だかりの輪の中に入って行った。スチームパンクな雰囲気をまとわせた木製の乗り物のような楽器の鍵盤を人が椅子に座りながら弾いている。アコーディオンとチェンバロが混じったような聴いたことのない音色で美しくユニークな旋律を奏でている。輪の中の人々はそれぞれが自分の思うがままに音楽で自由に身体を揺らして気持ちよさそうだ。


「すごい! 今までこんな音楽聴いたことがない!」


「いい音楽でしょう? 芸術の素晴らしさは宇宙共通よ」ナナが音色にうっとりしているような表情で答える。


「よう! 青年とお嬢さん。そちらの青年は青色のスカーレットクローズを着ているけれど、どこから来たんだい?」前列にいる赤色のスカーレットクローズを着た陽気そうなおじさんから声をかけられた。気持ちの良い笑顔で麦わらの三角帽子をかぶっていて、絵に描いたような陽気さだ。


「なんて言ってるの?」話している言葉の言語が分からず、僕はナナに聞いた。


「聡吾がどこから来たのか、って聞いているのよ」いかにもかったるそうに、ナナが言った。


「ごめんなさい。守秘義務で答えられないの」ナナは僕が分からない言語の言葉でそのおじさんに言葉を返した。いかにも面倒臭そうな表情だ。


「そうか、良い旅を!」おじさんはナナにまた何か言うと、また振り返り音楽に聴き入っている。


「「良い旅を」って言っているわ」ナナが僕にさも面倒そうに言った。


 次の人だかりの輪に入ると、二人のストリートミュージシャンが演奏していた。ピアノに類似した楽器の鍵盤を一人が弾いて、もう一人がその楽器の音をバックにラップをしていた。しかし、このラップも今まで聴いたことのないようなラップで、ラップにしか聴こえないのに、一つ一つの音節に音程があるのだ!



 どんな言葉をラップしているのか僕には分からなかったが、この音楽も地球の音楽にはない素晴らしさを感じるものだった。ラップはリリックが大事だと言われているが、どんな内容の言葉をラップしているのだろう。


「どんな言葉をラップしているの?」音楽を聴きながら、僕はナナに耳打ちで聞いてみた。


「いますぐ争いを止めるんだとか、そんな類の言葉ね」ナナは小声で答える。


「平和な惑星スカーレットでも争いがあるの?」


「隣の星のことよ。隣の星では戦争がもう10年以上も続いているの」


「戦争はどこにでもあるんだな。そして、戦争を止めさせようとする言葉があるのも宇宙共通だね」


「私も戦争が終わるように祈っているわ」ナナはやるせないといった表情でため息をつきながら言った。


 そうやって僕たちは次々と色々な人だかりの輪に行って音楽を聴いていた。観客から歓声が上がると、素晴らしい音楽を聴いた時に歓声を上げるのは、どの星でも同じなのだなと思った。



「音楽が表現する「真・善・愛・美」、それらは宇宙共通よね。なかには憎悪をかき立てるような音楽や戦争のプロパガンダみたいな音楽もあるけれど、それらの音楽は少数派だわ」一つの人だかりの輪から出た後に、ナナが言う。


「そうだね。「真・善・愛・美」かぁ。僕の好きなソクラテスの悲鳴というバンドは真と偽、善と悪、愛と憎悪、美と醜がないまぜになった音楽をやっているけれどね」


「そういうバンドは惑星スカーレットにもいるわよ。アンビバレント(両義的)な魅力を持ったバンドということでしょ? 惑星スカーレットにはありとあらゆるアーティストがいるんだから。惑星スカーレットの音楽の多様性は今日のストリートミュージシャンの演奏でも感じたでしょう?」


「感じたよ。地球では聴けない音楽も多くて楽しかったな」僕はたくさんの素晴らしい音楽を聴けて大満足だった。もし、惑星スカーレットに住んだとしても、僕のミュージックライフは充実しそうだ。


 ふと空腹を感じ、ナナにそのことを言うと、地球のまんじゅうサイズの赤くて球体のお菓子のような物をくれた。


「惑星スカーレット名物のスカーレットまんじゅうよ。惑星スカーレットを模しているの。小さいけど、食べるだけでお腹がふくれるの」


 食べると、上品な甘さが口の中に広がった。


「ありがとう。おいしいよ」


 しばらくすると、本当にお腹がいっぱいになり、どういう理屈でお腹が膨れるのか不思議になった。


 ストリートミュージシャンの音楽を聴いているうちにあっという間に日は落ち、夜になった。


「今夜はホテルに行く前にライブハウスで音楽を聴くわ。今日のストリートミュージシャンの音楽を聴いた後に驚くと思うけど、地球の音楽に近い音楽よ。レトロな地球音楽を愛好するミュージシャンも少なからずいるし、そういったニッチな音楽のファンもいるのよ。今夜のライブハウスに出るバンドは地球のロックバンドの進化版のような音楽を奏でるバンドよ」


「へぇ。惑星スカーレットの人たちが奏でるロックも気になるよ。進化版かぁ。音楽に「進化」と言う言葉は似つかわしくない気もするけれど」


 よく耳にする、ロックは進化を重ねてきた音楽であるという言われ方にも違和感がある。進化という言葉は、優劣と結びつきやすく感じ、昔と今の音楽に簡単に優劣をつけられるものかという気持ちがあるからだ。


「まぁ、聴けば分かるって」ナナは茶目っ気たっぷりに言った。

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